今日という日【6月15日】
■明治三陸地震
1896年6月15日。
午後7時32分30秒、岩手県上閉伊那釜石町(現:釜石市)の東方沖200kmを震源とした、マグニチュード8.5の巨大地震が発生した。この地殻変動によって引き起こされた津波は、海抜38.2mを記録するなど、津波被害が甚大であった。
この地震での各地の震度は2~3程度で、緩やかな長く続く震動であったが、誰も気にかけない程度の地震であった。大津波の第一波は、地震発生から約30分後の午後8時7分に記録されている。到達した範囲は北海道から宮城県にわたった。
日本国外への余波としては、アメリカ合衆国のハワイ州には2.4~9.14mの高さの津波が到来し、波止場の破壊や住家複数棟の流失などの被害が出た。また、アメリカ本土でカリフォルニア州で最大2.9mの高さの津波を観測した。
「明治三陸地震」は、震度が小さいにもかかわらず、巨大な津波が発生し、2万人を超す犠牲者が出た。これは、この地震が巨大な力を持ちながらゆっくりと動く地震であったためである。最近の研究では、この時に北アメリカプレートと太平洋プレートが幅50km、長さ210kmにわたって、12m~13mずれ動いたことが分かった。太平洋プレートの境界面には柔らかい堆積物が大量に溜まっており、それが数分にわたってゆっくり動いたと推定される。その独特の動きが激しく揺れる地震波よりもはるかに大きなエネルギーを海水に与えたと考えられている。また、地震動の周期自体も比較的長く、地震動の大きさの割に人間にはあまり大きく感じられない、数秒周期の揺れが卓越していた。このため、震度が2~3程度と小さく、危機感が高まりにくかったと考えられる。
「東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)」では、地震波の解析によりプレート境界において、陸地側の深部における高周波地震動を伴う断層の滑りと、海溝側の浅部におけるダイナミックオーバーシュートと呼ばれる低周波地震動を伴う蓄積量を越える滑りが交互に発生したと推定されている。この内、強大な津波を発生させたのは海溝側の浅部の滑りであり、「明治三陸地震」では海溝側の浅部における滑りのみが発生したものと理解されている。
夏に向けて
『続く事』
ども!TK89です。
何度かブログに書いてますが、基本平日は仕事から戻ったら筋トレします。たまに何目指してんの?なんて言われますが、一応日課にしてます。今日もちゃんとした。
なんだけど、今週になってすごい勢いで襲ってくる虚脱感。すっげぇやる気が出ない。筋トレじゃなくて全体的に。仕事も朝から嫌な事一つあるとその一日が一気にやる気なくなる。できれば何もせずにダラダラ過ごしたい、なんて思ってる。
まぁそれも叶わないので毎日なんとか過ごしてる。6月の梅雨時の蒸しっとした暑さのせいにしてる。
でもね、梅雨が明ければ夏が待ってる。夏と言えば海!そう考えるとみっともない体してられないんですよね。そう言い聞かせなんとか夏に向けて筋トレ続けてる。仕事は...どうやってモチベーション上げようか?明日はめんどくさそうな飲み会がありそう。
う~んモチベーション上がらない。ブログもダラダラだ。
チャオ!
