今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -295ページ目

12月6日の名言

われらの最大の栄光は、


一度も失敗しないことではなく、


倒れるごとに起きることにある。


ゴールドスミス

今日という日【12月6日】

■メルボルンの流血戦


1956年12月6日。


メルボルンの流血戦」は、1956年のメルボルンオリンピック水球競技、ハンガリー代表vsソビエト連邦代表の試合の通称。


ナジ・イムレ政権の下、自由化と脱ソ連を進めたハンガリーに対してソ連が武力弾圧した「ハンガリー動乱」直後、メルボルンオリンピックは開催され、水球競技で因縁の対決が行われることになった。

ハンガリーに対するソ連の武力弾圧は容赦がなく、選手たちは多くの犠牲者が出ていることを知り、ハンガリー選手の多くはオリンピックをハンガリーの誇りを守る場と考えた。ハンガリー代表選手「エルウィン・ザドル」は試合後に「私たちは自分たちのためだけに試合をするのではなく、ハンガリー全体のために試合をするのだと感じていた」と後に語っている。「ハンガリー動乱」におけるソ連の蛮行に国際社会は気が付いており、オリンピックのあらゆる競技でハンガリー代表チーム・選手は観衆から応援された。


12月6日に行われた水球競技の試合では、開始直後からパンチやキックが飛び交う乱闘になった。ザドルは群衆の応援を背に2得点を挙げ、4対0で迎えた試合終了直前の数分間に、ソ連の「バレンティン・プロコポフ」のパンチにより流血し、プールから出ることを余儀なくされた。怒った観客による暴動を避けるため、試合は終了まで1分を残し中止され、警官隊が競技場に入り群衆を選手から引き離した。怪我をしたザドルの写真は世界中の新聞に掲載され、「プールの水が赤く染まった」と報道された。


ハンガリー動乱」から50年を記念して、2006年にはこの流血戦について語られるドキュメント映画「Freedom's Fury」が公開された。

12月5日の名言

それ自体の不幸なんてない。


自ら不幸を思うから不幸になるのだ。


ミハイル・アルツィバーシェフ