今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -212ページ目

今日という日【3月31日】

■エッフェル塔完成

1889年3月31日。

フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造されるべくコンペティションが開かれた。ここで、「ギュスターヴ・エッフェル」ほか2者の案が採用。設計者が「ステファン・ソーヴェストル」、「モーリス・ケクラン」とされたり、エッフェルは工事を請け負ったにすぎないとされたりするが、当時ソーヴェストルとケクランは、2者ともエッフェル社の社員で、エッフェルとともにコンペに参加。。最終的にはエッフェルが著作権者となり、この塔の名前の由来になった。

1886年6月3日、コンペティション最優秀作品として委員会が選んだのは3案あり、「フェルディナン・デュテル」と「ジャン・カミーユ・ルミジュ」の作品と、エッフェル、ソーヴエストル、ケクランらの設計図であった。満場一致の採択であり、講評は「1889年の万国博覧会用に建てられる塔は決定的な特徴をもち、金属産業の独創的傑作として出現しなければならない。この目的に十分適うのはエッフェル塔のみと思われる」であった。こうしてエッフェル塔建設が始まる。建設は万博に間に合わせるため、2年2ヶ月という驚異的な速さで行われ、1人の死者も出さなかった。
建設当時の高さは312.3m(旗部を含む)で、クライスラービルが完成するまでは世界一高い建造物であった。現在は放送用アンテナが設置されたため、324mとなっている。

あまりに奇抜な外見のため、建設当時は賛否両論に分かれた。反対派の文学者「ギ・ド・モーパッサン」は、エッフェル塔1階のレストランによく通ったが、その理由として「ここがパリの中で、いまいましいエッフェル塔を見なくてすむ唯一の場所だから」と言っている。ここから、「エッフェル塔の嫌いなやつは、エッフェル塔に行け」ということわざも生まれた。

3月30日の名言

過去は常に、

今から見れば実際の過去より美しく思える。

過去が楽しいのは、

過去が今ここにないからにすぎない。

ピーター・フィンリー・ダン

今日という日【3月30日】

■テレビアニメ「巨人の星」放送開始

1968年3月30日。

巨人の星」は、作:梶原一騎、画:川崎のぼるによる漫画作品「巨人の星」、「新巨人の星」を原作としたアニメ作品。

巨人の星」、「新・巨人の星」、「新・巨人の星Ⅱ」、いずれも毎週土曜日の19時00分から19時30分までの30分のTVアニメ番組として、よみうりテレビ制作、日本テレビ系列で全国放送された。アニメーション制作は東京ムービー(現:トムス・エンタテインメント)。

巨人の星」は「星 一徹」と「星 飛雄馬」の父子特訓から、ライバル達と出逢い甲子園での激闘、巨人入団後に大リーグボールを開発して更なる激闘、左腕が崩壊し完全試合を達成、父子の闘いの終焉までが描かれている。
原作の最終回は、父・一徹との最後の勝負に勝ち完全試合を達成してから後日、左門と京子の結婚式(主要な登場人物はみな出席しているが、飛雄馬だけはいない)を教会の窓の外から見届け、ひとり何処ともなく去って行く、そのバックに十字架がかぶるという暗めのラストシーンで終わるが、アニメ版のラストは完全試合を終え傷つき倒れた飛雄馬を一徹が背負って、満場の拍手に送られてグランドを去って行くという感動的なシーンに変わっている。最後は太陽に向かって飛雄馬がしっかりとした足取りで歩いて行くイメージシーンで物語は幕を閉じる。
さらに最終回ではエンドマークの後に、飛雄馬、明子、一徹、伴、花形、左門が登場、飛雄馬が代表して視聴者に「3年半に渡りご好評をいただきました『巨人の星』は、今回で終了させていただきます。長い間ご覧いただきまして、ありがとうございました。」と挨拶して番組の終了を告げる、というシーンが存在した。これは本放送の時のみで、再放送では一部地域を除いて放送されていない。