今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -15ページ目

今日という日【4月23日】

■三国干渉

1895年4月23日。

三国干渉」は、フランス、ドイツ帝国、ロシア帝国の三国が日本に対して行った勧告。日本と清の間で結ばれた「下関条約」に基づき日本に割譲された遼東半島を清に返還することを求める内容だった。

日清戦争」中、日本の勝利が間近に迫ると、列強も事の重大性を認識するに至り、干渉を考え始めた。主導国はロシアであったが、ドイツの参加がなければ干渉が実現しなかったとも言われる。西にドイツの脅威を控えていたロシアは、ドイツの干渉参加により東に深入りしやすくなったから。
更に「下関条約」で遼東半島の割譲を日本が要求していることを知った列強は衝撃を受けた。列強は清朝の衰退に乗じて「清国の分割」を進めてきたが、清国内の抵抗を危惧してその動きは未だ緩慢なものであり、戦争による賠償で得たイギリス領香港を例外として、露骨な領有権要求は差し控えてきた。だが、日本の要求はこの列強間の「暗黙の了解」を破棄するものであり、更に清朝が渤海を挟んで直隷(現:河北省)と向かい合った遼東半島を失う事で、その政治的権威が失墜して国内の政情が不安定になるような事態の発生は、各国の対清政策を根底から揺るがせるものであった。 そこでドイツやロシアは自国の対清政策を維持するために、この日本の要求を容認できないと考えた。
講和会議の過程で日本は清に対して、開市・開港場での製造業従事権を要求していたものの、日本にはそれを実現させるだけの資金的裏づけがなかった。そこで日本は、秘かにイギリスに対してのみ、この要求の事実を打ち明けて共同経営の誘いを行っていた。これが他の列強に知られたため、この話に与れなかったドイツやロシア、フランスの姿勢を更に硬化させることになった。

列強はこの干渉以降、「阿片戦争」で香港を得た英国の様に、中国の分割支配に本格的に乗り出すことになった。列強は清に対して対日賠償金への借款供与を申し出て、その見返りに次々と租借地や鉄道敷設権などの権益や、特定範囲を他国に租借・割譲しないなどの条件を獲得していった。

今日という日【4月22日】

■アースデイ

2009年4月22日。

アースデイ地球の日)」は、地球環境について考える日として提案された記念日。

最初にアースデイの概念が提起されたのは1969年、「国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)」における環境関連の会議。長年社会運動に取り組んできた「ジョン・マッコネル」が提案したこの概念を最初に採用したのはサンフランシスコ市で、同市の市長であった「ジョセフ・アリオト」は翌年の3月21日(北半球における春分の日)に世界初の「アースデイ」を宣言した。
また当時の国連事務総長であった「ウ・タント」もこの提案を支持し、1971年の2月26日、「ウ・タント」は国連事務総長として「アースデイ宣言書」に署名した。「ウ・タント」はこの年に同職を退いたが、後任の「クルト・ヴァルトハイム」も3月21日を「アースデイ」とする方針を継承した為、現在に至るまで3月21日は国連による「アースデイ」として続いている。
毎年、この日には国連本部にある「日本の平和の鐘」が鳴らされている。
2009年の国連総会で、4月22日を「国際母なる地球デー」とすることが採択され、翌2010年から実施されている。

今日という日【4月21日】

■「ゲームボーイ」発売

1989年4月21日。

ゲームボーイGAMEBOY)」は、任天堂が発売した携帯型ゲーム機。日本国内での発売当時のメーカー希望小売価格は12,500円。製品コードはDMGで、「Dot Matrix Game」が由来。

「ゲーム&ウオッチ」を発売していた任天堂が、その次世代ゲーム機器として取り組み、実質上携帯型ゲーム市場の開拓者となった商品。同社を玩具メーカーとして成長させた「横井 軍平」が開発。当初1988年8月発売予定だったが、翌年の春に延長された。
エポック社から発売された「ゲームポケコン」に次ぐROM交換方式の携帯型ゲーム機。シャープと共同で開発し、シャープは40億円を投じ「ゲームボーイ」の液晶開発用の工場を設立。液晶は同社のものを使用している。当時、据え置き型のゲーム機では使用できる色数の多さを謳う機種もあった中で、本機は乾電池の「持ち」と価格面の兼ね合いからモノクロ型(4階超)を採用している。
電源には世界規格である乾電池を使っていて、かつ使用に際して本体とソフト以外の装置が不要で、発展途上国の一般家庭にまで広く普及している希有なハードである。

1989年に全世界で発売され、同時発売ソフトは「スーパーマリオランド」「アレイウエイ」「ベースボール」「役満」の4本だった。