メガネを通して見えた世界は

メガネを通して見えた世界は

世界的にも例を見ない、
前人未踏の地を目指す試みとしての、
メガネを通して見えた日常を綴るブログだ。

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今日、大学院の新入生ガイダンスが終わって、帰り道に定期券を購入するために大阪市営地下鉄の売り場に立ち寄った。

通勤定期券なら並ばずに機械で購入できるが、通学定期券は通学証明書の確認があるので窓口のみの取り扱い。この入学・進級の時期、窓口は当然のように尋常でない混みぐあいとなる。

あまりの長蛇の列に最後尾がわからず案内係のおじさんにたずねた。「すみません定期券の購入なんですが…」

「あ、えっと通勤定期はですね、機械でも買えますので…」

ん…これは嫌な予感。

「いえ、あの、通学定期券なんです」

「あー、、なるほど…」

皆まで言うなとばかりに笑顔で頷きながら…察してくれたか、おじさん!

「なるほど…お子様の定期券ですね!」

はいキター、全然察してなかったー。10月の銀行の人と同じー。(10月17日投稿記事参照)保護者扱いー。

許せん。もうさっさと民営化しようぜ地下鉄!

「いえ、本人です…大学院生で…」

「あ、そうでございましたか、失礼しました!それでは…」

またかぁ。まあそうやわなぁ。と思いつつ案内に従って列に並ぶ。

ただ前回の銀行員と違って、今回の場合、通学定期券は小学生からあり得るので、そういう意味ではリアルに31歳で小学生の子どもの定期券を購入しにくることもあるか。。

そんな風に思い直してふと周りを見渡すと、確かに学生にまざって保護者らしき人たちもちらほら並んでいる。

…。

いや、待てよ。
あの保護者っぽい人たちだって社会人学生なのかもしれないじゃないか。同志よ見かけで判断してごめんなさい。以後気をつけます許してください。

こうして俺は心の中で、案内係のおじさんを許し、地下鉄民営化についての賛否を留保することに決めたのであった。。

おしまい

*ちなみに、他に南海電鉄と阪急電鉄でも長蛇の列に並んだけど誰にも保護者扱いはされなかった。


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先日京都に遊びに行ったとき、友だちとちょっといいお茶を飲みに行った。

美味しい煎茶の入れ方の説明書きを読んでいて「白湯」のいう字が出てきたので「これってパイタンて読むんじゃないよね?」って聞いたら爆笑されたうえに、それ以来、そいつのスベらない話のストックにされてる。

中華料理店なら正解だったがお茶屋さんでは不正解であった。

しかしまあ興味深いのは同じ「白湯」という字で書いても、中国人は白く濁ったスープを指すのに日本人は透明な湯を指すのだたいうところ。

透明を「白」と表現する日本人が独特なのだろうか。異文化間の感覚の違いというものを改めて感じる一件であった。

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昨日は職場の忘年会だった。

時節柄、ここのところ忘年会が続いている。

いつも遊んでる友だちが集まっての忘年会、大学院のゼミの納会、職場の学期末反省、学生時代の同窓会、その他もろもろ。

今年一年お世話になりました、という挨拶と共に、来年もよろしくお願いしますと挨拶をする。

昨年までと変わらず参加する会もあれば、今年から初めて参加する会もある。
大学院のゼミや職場の会は今年からの参加で、そういう会でお酒を飲んでいると、今年は自分にとって変化の年だったんだと改めて思う。
昨年は知り合いでもなんでもなかった、今年の4月頃に出会った人たちと、親しく、いろいろな話をしながら年を越そうとしている。不思議な気分になる。

お互いの今年の活躍をねぎらいあったり、来年の抱負を語らったりしながら、俺は運がいい、と思う。どの忘年会も大変楽しい。いい人たちに囲まれながら忘年会でお酒を飲んでいると、自分の人運の良さにつくづく感心する。感謝しなくてはならないと思う。そして、頑張ろう!と、わけもなく思ったりする。なんて幸せなんだ!明日から頑張るぞ!とか思う。

それで忘年会の翌日はどうなってるかというと、だいたい、お酒が抜けるまでぼんやりしている。

ぼんやりしながら幸せな感じは残っていて、その毒にやられる形で「頑張るのは明日からでもいいかな」とか「年が明けたら頑張っちゃう」とか考え始める。

頑張るぞーやるぞーとか思ってるうちにまた別の忘年会がやってくる。そして気づいたら年が明けて、新年会のシーズンが到来して、新年会シーズンが終わったら本腰入れるぜとか言い始めるに違いない。この時期、やる気ばかりが蓄積されて困る。

このやる気を行動に転化できるようになりたいので、年が明けたら頑張ろうと思っている。



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