ここは沖縄戦における帝国海軍の司令部であり、敵の艦砲射撃に耐えられるよう堅牢に作られた地下壕が現在でも残っている貴重な資料館です。

 当時、沖縄方面の海軍陸戦部隊は帝国陸軍より少し先に玉砕しましたが、この司令部壕の幕僚室では自決時の手榴弾炸裂跡が当時のまま残されており、部屋に入ると胸が締め付けられるような気がしました。そしてここには、この司令部の司令官であった大田海軍少将が県知事に代わり日本本土に宛てた沖縄県民の献身的作戦協力を訴えた有名な電報が残されており、その最後には「後世に沖縄県民へ特別な配慮をしてほしい」という大田少将の切実な思いを知ることができ、現在その願いが叶っているかを我々に問いているように感じます。

 また、自分がここを訪れた際はご家族連れの方を見かけましたが、5歳くらい娘さんがこの地下壕入口の階段を下った所くらいから「怖い!帰りたい!」と両親に何度も訴えていたのをよく覚えています。確かに大人でも少し入るのが怖い場所ですが、子供ながらに何か感じ取ったのかもしれません。そう考えると当時の弾丸が飛び交う中でこういった地下壕やガマにいた当時の子供たちがどれほど怖かったかがよく分かりました。沖縄戦を知らない後世の我々はそれを想像することしか出来ませんが、この地下壕を訪れることで、実感としてそれを感じとることの出来るとても貴重な資料館だと思います。この資料館が戦死された兵士や亡くなった住民と沖縄戦を忘れないことだけでなく、現在にそれをどう活かすかを多くの来訪者に考えさせられるきっかけとなることを願っています。