こちらは天草の牛深沖で撃沈された大日本帝国海軍の軽巡洋艦「長良」にまつわる資料が展示されている記念館となっており、戦争の記憶の風化に危機感を覚えた市町及び有志の方々によって開館されました。
 長良は1922年の帝国海軍拡張期に建艦された軽巡洋艦であり、昭和10年に行われた大演習観艦式では新鋭高速艦の面目を天下に示しました。
長良は数多くの作戦に従事しており、その艦暦は太平洋戦争前の南部仏印進駐、太平洋戦争勃発後はフィリピン作戦、蘭印作戦、ソロモン諸島方面の第二次ソロモン海戦、南太平洋沖海戦、第三次ソロモン海戦に参戦し、水雷戦隊の旗艦も務めました。
 太平洋戦争末期には米軍の上陸が予想された沖縄からの疎開者を無事に鹿児島へ輸送しましたが、鹿児島から佐世保へ向け出港した途中で、現在では記念艦となっている米潜水艦「クローカー」による魚雷攻撃を受け沈没し、艦長以下348名が戦死してしまいました。
 長良が本土からほど近い沖合で撃沈されたことから、この時点で帝国海軍の制海権に陰りが出ていたことが分かります。しかし、皮肉にも沈没地点が熊本から近かったお陰で地元漁師の方々の助けもあり乗組員237名が救出されました。
 戦前から戦中にかけて多くの作戦に従事し、その最期には民間人を救い、民間人に救われていることで現在でもこのような記念館が建てられていることを考えると、この軍艦には人の縁というものを強く感じました。
 この記念館を通じて、戦争による悲しみや苦しみとともに友情と人情味といった両面を感じ取ることができました。