天草四郎率いる2万人の百姓が一揆を起こし、最後に立て篭もった城である原城...
 幕府率いる討伐隊と衝突し、ここ原城は激戦地となって2万人が斬首されました。
 ことの発端は藩の重い年貢による圧迫が大きいようですが、その際に払えないキリシタンに拷問したことで農民の我慢に限界がきました。
 結果、一揆は失敗し、コレをキッカケに禁教はますます厳しくなり、ポルトガル船の入港禁止を幕府は行い、2世紀に渡る鎖国体制へと日本が進む大きな要因となりました。
 宗教関連が生活と結びつき、それを理由の一つとして日本でも戦争を引き起こしていたことを考えると現在では想像し難く感じます。
 日本に居ると宗教が遠い存在に感じますが、それは現在の日本がある程度の最低限の暮らしが約束されているからでしょうか?
 貧しい国や戦争が絶えない国、そして経済大国でも貧富の差が激しい国は信仰心が強い傾向にあり、日本は宗教に頼る場面がそれらの国に比べると比較的に少ないのでしょうか?
 当然、隣国のように弾圧する国では宗教に疎くなるでしょうが、日本とは理由が違う気がします。
 そう考えると日本は敗戦に伴った変革も大きな要因のように感じ、この時代の人であれば、現在の中東地域の戦争も共感できるものが大きいのではないかと、ここに来て思いました。