前回は、身体が変わるということは、緊張でガチガチに角ばった身体が、緊張が緩んでなめらかなまるで液体のように変わることであるというお話しでした(^^)/
では、今回はこのテーマのラストである、「身体が液体のように変わると、なぜ人生が変わるのか」というお話です!
その答えは、身体が固体から液体に変わるという時に、身体に何が起きているかを知ると解りやすいのです。
身体が固体の状態というのは、身体中のあらゆる組織の動きが『停滞』している状態になります。下図のように、子供のころ理科で習った固体と液体と気体の分子運動のようにです(^^)
もちろん、血液やリンパ・体液などといった解りやすい「循環」も同様に停滞します。
この『停滞』というものは、実はあらゆる歪み・愁訴の背景にあるものであり、たとえば、歪みというものは、間違った身体の使い方の定着=停滞から抜け出せなくなることで起こりますし、痛みに関してもその多くは循環が停滞すること=血液の流れが不十分になることで起こります。
このように、固体の状態の身体というのは悪いことずくしなのですが、ここで重要なのは、それは身体のことだけではないということです。『停滞』は「意識」にも同様に起こるということが重要です。
意識が固定化され停滞するということは、解りやすくいうならば、今までの考え方や思考から抜け出せなかったり、新しい発想が出にくくなるということです。
不必要な自分自身のこだわりやポリシーにとらわれてしまうような状態になりやすくなってしまうのです。
図のような固体の分子は見た目にもとても頑固そうで融通が利かなそうですよね(笑)
反対に液体や気体の分子はとても流動的で柔軟性がありそうです(^^)
身体と意識とは本当につながりが深く、身体は意識の状態を表し、意識は身体の状態を表すのですね。
こだわりはその人の特徴を表す個性ではないかという意見もあるとは思いますが、個性とはその人が生きてそこにいるだけで自然に出てしまうものが本当の個性であり、一般にいうところの「自分はこういう人間なんで!」みたいなものはその人自身がそう決めつけて作り上げた無くなっても困らない類の個性であることが多いと思っています。
では、固体のような身体と意識を持った人生と、液体のような身体と意識を持った人生どちらがいい人生を送れそうでしょうか?
もちろん、変化し続けている『環境』に柔軟に対応することができる液体の身体・意識です(^^)/
図の固体の状態では、自分の角(かど)が邪魔となって環境にうまくなじめませんが、液体の状態では、角がないので柔軟に適応することができます。
このように、環境に適応するということを書くと、主体性がなく受動的だと思われる方もいるかもしれませんが、そうではありません。
周囲の環境を理解して順応するということは、動物でいうならば『必要最低限の安全を確保した』ということであり、その安心があって動物は最適な行動をとることができるです。
そしてそれと同様で、人間も『必要最低限の自分の居場所を確保した』ということであり、その居場所があって目の前のやるべきことに集中することができるのです。
こだわりを優先しやりたいことをやるということは、その安心となる場所が確保されない状態での行動になるので、無意識下での不安や疑心を抱えての行動になり、あらゆるものごとがうまくいきづらくなってしまいます。
整体とは、患者さんに美と健康を提供することができる療法です。
それだけでなく、患者さんが周囲の環境とうまく適応することができ、さらに生き生きと日々過ごし人生をより良いものに変えられるだけの力をもった本当に凄い療法です。
『身体が変わると人生も変わる』
本当にそういえると思います(^^)/
