霊的真理を理解すれば、その人が祈り願うことは自然と一つに集約されていきます。摂理と調和し霊の道具、神の道具として役立っていく、ということです。というのもそれこそが人間の在り方であり存在意義だからです。

 日常的に不安や恐怖心を抱える人でもそのような祈りをする中で救われていきます。それは強さ逞しさ自体を求めてそうなるのではなく、霊の道具としてふさわしくなる過程で自然と逞しくなるからです。

「誠心誠意、魂の底からの祈り、神の御心と一体となり、神の道具として有意義な存在でありたいと願う心は、その波動そのものがその人を神の下僕としてよりふさわしく、そしてより逞しくします。」

「誠心誠意の祈り、魂の波長を最高度に高めんとする真摯な願いです。その結果として感応するインスピレーションに満たされて、あなたは一段と逞しい存在となります。」(「シルバーバーチ名言集」9章)