ここで魂というのは本当は霊力と言ったほうが語感として落ち着くのですが、石油や石炭を燃やすのと同様に、エネルギー源として魂を燃やすという表現をしたいがためにこう書きました。人類は石油や石炭を燃やしすぎ木々や環境を搾取しすぎる代わりに、もっと魂を燃やすべきです。
 仕事や道楽やその他なんでも生活のどんな場面でも、魂を燃やすかそうでないかで結果は大違いです。
「残酷すぎる成功法則」という面白い本の中でアダム・グラントのギブ&テイクが取り上げられていて、与えてばかりいる人(ギバー)は大成功か大失敗かの両極端だと書かれていましたが、霊的真理に照らせば、その違いは自分(魂)を活かしているかどうかだと思います。
 自分を大切にすることがまず大事なのです。そしてその大事な自分をさらに輝かすために魂を燃やしてギブするというのが、幸福の法則だと思います。
 ユニクロの柳井さんが従業員一人ひとりに経営者の気持ちを持てというのも、結局そういう事ではないかと思います。

 昨夜というか今朝というか夢の中に昔の職場の先輩が現れました。その人がそうだったというわけではないのですが、なぜかタイトルの言葉が思い浮かびました。
 人生を達観したような穏やかな人でも、どこかにストレスや苦しみを抱いていて、それを人知れず悩んだりお酒でまぎらしているのではないだろうか。
 人生の謎を解く鍵を求めて、ああでもないこうでもないと試行錯誤することに疲れてしまうと、合わない鍵でも無理やり押し込もうとしますが、それではストレスや悩みの種は尽きることはありません。
 人生の謎を解く正しい鍵こそ霊的真理だと思います。これにたどり着くまでは人生における”なんでやねん?!”が尽きることはありません。
「私は霊的に見て一番良い結果をもたらすと確信したガイドラインをお教えしているのです。霊的に見てです。物的な結果と混同してはいけません。時にはあなた方人間にとってたいへんな不幸に思えることが霊的にはたいへんな利益をもたらすことがあるのです。」
「その教えは私個人の所有物ではないのです。それは全ての者がたどるべき道があることを教え、その道をたどれば自分自身についての理解がいき、全生命を支配している無限の霊力の存在に気づき、各生命がその霊力の一部をいただいていること、それ故に絶対に切れることのない絆で結ばれていることを知ります。」
(「シルバーバーチの霊訓8」18,20頁)
 みなさんはひょっとして、指導霊、守護霊からの”力強い導き”を期待していませんか。もしそうなら、その人に必要なのは慰めや癒やしであって、導きではないのかもしれません。
 誰か他の人に力強さを求めるというのは、自分の力や理性を放棄しているところがあると思います。もちろん人間だもの、慰めも癒やしも大いに必要ですが、それは指導霊の役目ではないのでじっと黙って見守ったままです。そんな苦しみ弱っているときは、まず第一には本人自身が耐えること。そしてそんな人の背中を背後霊がさすってくれます。
 指導霊の導きはそんなエモーショナルなものではなく非常に控えめで微妙すぎてわからないくらいです。というのは、指導霊は何よりもまず私たちが理性を働かせることを優先させ、そうする中でそっとつぶやくくらいのものだからです。
 指導霊の真の導きを得ようとするなら、まず最低限(=自分が理解できる限り)の霊的知識を得た上で、理性によって自律していることが求められるでしょう。
「霊界からのメッセージが届けられて、その霊がいかにも立派そうな名をなのっていようと、もしもその言っていることにあなたの理性が反発し知性が侮辱されているように思われた時は遠慮なく拒否しなさいと申し上げております。理性によって協力が得られないとしたら、それは指導霊としての資格がないということです。」(「シルバーバーチの霊訓8」17,18頁)