乗り換えのホームの待合所で毎朝(朝なのに)頭を抱えこんで微動だにしない新入社員(?)がいます。単に寝不足で少しでも寝ようとしている姿なのかもしれませんが、どうも心に重荷を背負っているふうに見えてしまいます。

 それまでの気楽なストレスの少ない生活から、周りから色々と見られ注文をつけられたりする生活に様変わりして落ち着くことができないでいるのかもしれません。

 そんな大きな変化がなくても、バイオリズムの変調などで気分の健やかさが失われることは誰にでもあるでしょう。

 人によって、それをそのまま認めてじっと不調が過ぎ去るのを待ったり、なんとか心を盛り上げようと色々なことに手を出してみたり、好きなことと自認するものに浸ってみたりするかもしれません。

 霊的真理を知って非常に助かることは、そのような”何気ないしんどさ”についての心の機序を明らかにし対処療法ではない根本的な解決策を教えてくれることです。人それぞれ”しんどさ”に至る原因は様々であっても、霊的視野で捉えれば根本的な部分がわかってきます。それとは別に、とりあえず即効で元気づけてくれるもの、すなわち霊力を手にするようにと真理は教えてくれるのです。

「永いあいだ忘れられてきた霊的真理を改めて啓示し、新しい希望と生命とを吹き込んでくれるところの霊的エネルギーを再発見してくださるようにと願っているだけです。」

 しんどい人は、きっと自前の霊力が枯渇してきているでしょう。だからそれを補充してやればいいのです。その事実を知らないでただじっと我慢したり何やかやとやってみたりするのと、その事実を知り意識してそれ(霊力)を求めるのとでは大違いです。

 霊的真理を知って、知ったら今度は意識してそれを生活に活かすのです。知る知らないはもちろん大違いですが、意識するとしないとはその何十倍も何百倍も大違いです。

「地上にはぜひとも私たちのメッセージが必要です。霊のメッセージ、霊的真理の理解、自分の心の内と外の双方に、霊的摂理と導きがあるという事実を知る必要があります。そうと知れば、迷った時の慰めと導きと援助をいずこに求めるべきかがおわかりでしょう。」(「シルバーバーチ愛の絆」79頁)

 霊的真理の有り難さは、一方で魂を解放し自由に目覚めさせてくれると同時に、他方では真の生きる目的にも気づかせてくれることです。

「わたしたちは、大霊を共通の親とする全人類の霊的同胞性を福音として説いております。その理解を妨げるものは地上的概念であり、虚偽の上に立てられた教会であり、特権の横領であり、卑劣な圧制者の高慢と権力です。」独裁制の国では独裁者が王宮で豪奢な生活する一方で民は飢えや貧困にあえいでいます。そこまでいかずとも私たちの身近なところでも格差がますます広がっています。そのような格差をそのまま認め心打ちひしがれて細々と生きていくしかない、そう思い込んでしまいそうなところを霊的真理は否定します。もちろん世の中の不公正をなくさねばならないのは当然としつつも、それ以前にそもそも私たちは同じ大霊の子として、地上的概念からどのように見えどのように捉えられようとも、霊的には同胞であり、たった数十年ほどの年月を過ぎ去ってみれば、みなあられもなく魂そのものの姿をさらけだす他にないことを悟らせてくれるのです。惨めに思うことも驕り高ぶることも必要ないしあってはならないのです。

「わたしたちが霊界からたずさえてくるメッセージは、地上人類にとって実に素晴らしい恩恵をもたらします。魂を開放し、大霊からの遺産(神的属性)の素晴らしさに目を開かせます。霊的真理の本当の有り難さを教えます。物的生活の有り方と同時に、霊的生活の有り方を教えています。」

 霊的真理は魂を解放してくれるだけではなく、何を意義として生きていくべきか、「実質的価値、つまり霊的に見て意味のないものに忠誠を捧げることなく、真実なるもののためにのみ精を出す」生き方へと導いてくれます。「”より高潔な生活”ー自己犠牲と理想主義を志向する生活」、「魂の崇高な願望」に支えられた生活です。

 自由と存在意義。これがそろっているからこその霊的真理の有り難さであり、人類救済にとって両輪となるものです。(「シルバーバーチ愛の絆」73−77頁)  

 霊界の道具というと、なにか特別な使命を与えられているかのようにも響きます。

「バイブルにはサウロ(のちのパウロ)がダマスカスへ向かう途中、天からの光に包まれ、目がくらんで倒れ、それがきっかけで改心する話(使徒行伝)がありますが、世の中はそんな具合に一気に改まるものではありません。」

 みんなパウロのような活躍を思い描いてしまうのではないでしょうか。しかしパウロは特別中の特別ですよ(果たして真に霊界の道具であったかどうかは別にして)。

「一人ずつ霊的真理に目覚め、一人ずつ大霊の道具となっていくという形で、少しずつ光明が広がっていくのです。霊的なものは、大事に育て慎重に広めていく必要があることを銘記しなければなりません、急激な改心は、得てして永続きしないものです。私たちの仕事は永続性が生命です。」(「シルバーバーチ愛の絆」73頁)

 霊界の道具は超地味ですよ。地に足がついていますよ。(霊的に新しく)生まれてから死ぬまで、朝から晩まで日がな一日、その人なりにその置かれた場所にあってずっと摂理に従って生きていこうとするわけです。これぞ真の霊界の道具ではないでしょうか。

 目立たなくてもいい、ちょっとずつでもいい。しかし常にずっとです。それが永続性ということだろうと思います。