8月も半ばを過ぎ、そこはかとなく秋の気配も感じられて、久しぶりにグレン・グールドを聴いていたら、70年の時を越えて生命の輝きというか芸術の永遠性というか、そういうものをダイレクトに感じたのでした。

 真理を知って生命の永遠を信じることで、明日への取越苦労から解放されるようになっても、時の経過はいかんともしがたく、昔の生き生きとした若さや生命の煌めきはただ思い出に残るだけで取り戻すことはできない、という悲しさは慰めようがないと思うことがあります。またそれは自分ごとだけでなく、まったく自分とは関係ない何十年も何百年も昔の世界の何処かの片隅で煌めいていたはずの生命の躍動も、もう決してそれが存在したと知ることは愚か、もう一度味わうことなどできないのだと思うと、この世界に潜む深い虚無の淵を覗いたような気分になることがあります。

 しかしこれとて真理を深く理解できるようになれば克服できるのかもしれません。

「実在は”霊力”なのです。条件の整っているところならどこにでも顕現する生命の根源なのです。」

 生命の根源である霊力は永遠なので、どこか遠い昔のはるか彼方の世界で煌めいていたはずの生命の輝きも、この宇宙のどこかにそのまま煌めいているのではないか。そんな希望がわいてきます。そもそも時の経過というのは人間の錯覚であるとも言えるのですから。(「シルバーバーチの霊訓10」9章)