「あなた自身が手にされた知識を寛容の精神で他人に披露して、その良さを知ってもらうための努力を忍耐強く続けてください。」

 霊的真理についてこれまで書き続けてきて、自分が特に寛容さを発揮しているなんて考えたこともありません。真理の知識は万人に広く開かれています。だから書き続けることが寛容ではないし、特に努力しているという意識もありません。単に好きでやっていることです。ただし昼休みにパチパチやって他人から変な目で見られていると思うと少し嫌ですが。

 しかし、この文章を読むと改めて思うのです。霊的真理はなんといっても「良い知識」なのです。どんなにありふれていて単純であろうと。だからいつもお勧めするのです。

 忍耐が必要かどうかはともかくしつこく真理について伝え続けていくと、

「そのうちきっと少しずつ変革が生じていることに気づかれます。それしか方法が無いのです。集団的暗示や熱狂的説教による陶酔ではいけません。理性と叡智と論理と常識、そして何よりも愛をもって、真実を説くことによって一人ひとり得心させていかねばなりません。結局はそれしかないのです。」

 これに努めてさえいればいいのです。わずかな人にしか伝わらなくても、伝わってすぐ忘れ去られてしまうようでも、たとえ一生かけてたった一人の心にしかひびかなくても、そのことを気にするのは余計なことです。ただこの知識は間違いなく良いものであり、それがなんとか伝わるように工夫が必要です。

 霊的真理はあまりに素朴なので、急いでいる人の目には止まりません。その良さを味わうにはせっかちであってはいけないのです。そこが工夫のしどころの第一歩です。

「若者はとかくせっかちに考えがちなものです。が、世の中は急激な革命によってではなく、ゆっくりとした進化によって改められていくーーーそれが摂理なのです。」

「私がこれまでに見てきたままを申し上げているのです。ご自分の経験から得られる叡智を道しるべとするーーーこれが一番です。人間を導くうえで私たちはそれを一番の拠り所としています。だからこそ説得力があるのです。」

 確実に得心することの積み重ね。それでいいのです。それで地上人生を越えてどこまでも行けるのですから。

(「シルバー・バーチの霊訓7」4章)