「世の中はいくらでも明るく、いくらでも清らかに、そして、いくらでも幸せになるものなのです。」
(「シルバーバーチのスピリチュアルメッセージ」211頁)
エリザベス女王も愛された龍安寺の石庭の、建物を回って反対側に、”吾唯足知”の蹲が置いてあります。欲は少ない方がいい。その方が幸せになりやすいとされます。しかし霊的知識を身につけるとその知恵がなんだかつまらなく感じられます。
人は特に少欲を志さなくても、常識や思い込みや経験からの推測で、自分の行動や考えに無意識にでもリミッタをかけています。欲するところに従って矩をこえずです。しかし人生は肉体の滅失後も永遠に続くと悟ったならば、少欲知足と言われても小賢しい一時しのぎの方便のようではありませんか。永遠の時間を手にしたならば、永遠の手持ち無沙汰にならないように、永遠の目的が必要であり、真理はそれを用意してくれています。どこまでも続く霊的成長です。そしてその行き着く先は究極の理想としての神です。
それ以外の目標は考えられないでしょう。神以外の中途の目標では、いつかはやはり到達して手持ち無沙汰になってしまうことが考えられるからです。
その理想に向かっていくらでも明るく清らかに幸せになるために、真理は摂理という道標を与え、日々の心がけをどうすればいいかも教えてくれます。利他愛の実践です。
物的な豊かさや手近な損得に惑わされることなく、果てしなき理想を仰ぎ見つつ利他愛に生きなさいというのが、現代の私たちに与えられた知恵ということになります。