ある種の儀式や場所の設え、そこにかかわる人々が厳かで神々しく感じるのはそのように演出されているから。いわば人々がそう感じるように計算されているのですね。それ自体は美しいですし精神性も感じますが、目に見える部分を切り取って必要以上に崇めるのは止めましょう。

 日本人だって、例えばロシアの大統領就任式でキンキンキラキラの中を禿げ頭のスーツのおじさんが歩いていく様子を見て、バカじゃないの、と思うのではないかと思うのですが(プーチン氏やロシア国民がバカじゃないですよ、エエカッコシイがバカだと言っているのです)、日本の皇室ということになるとかしこまってしまう。いいえかしこまることは正しいのですが崇め奉ってしまうとするなら、人間に過度の権威を着せ目に見えることに囚われる物質中心主義に陥ると思うのです。王様は70億分の1の地上人に過ぎず、乞食の背中には神が控えておられます。真に権威をお持ちになるのはその神と摂理のみです。

 どんなに敬意に値する人であっても地上の一個人に権威を認めたがる権威主義者は、自分もそれに連なることで自分をも高めたいと思っているのかもしれません。そんなことをしなくても人はみな生まれながらにして神だというのに。

 日本の皇室のあり方がよく話題になりますが、マスコミや権威主義者の団体に踊らされないようにしたいものです。国民を象徴する存在はあったほうがいいのですが、権威はあくまで神にあります。そこをまちがうと大変な災いを招くことになります。

「いかなる事態にあっても、永遠なるもの、霊的なものから目をそらしてはなりません。(中略)しょせんは一個の人間に過ぎない者に過度の崇敬を向けてはなりません。宇宙にはたった一人の王しかいないことを忘れないでください。その王の御国においてはすべての住民が等しく愛され、豊かな恩寵が欲しいだけ与えられるのです。

 王室の華麗さに魅惑されて肝心な永遠の実在から目をそらしてはなりません。他方には悲劇と暗黒の中にいる人、その日の食べ物にも事欠く人、太陽の光も届かない場所で生活している人・・・要するに大霊が用意された恩恵に十分に浴せない人達がいることを忘れてはなりません。

 王室一個の問題よりもっと大きな仕事、もっと大きな問題へ関心を向けてください。涙ながらに苦境を訴えている一般庶民のことを忘れてはなりません。その痛み、その苦しみ、その悲しみは、王室一個の難事よりもはるかにはるかに大きいのです。」

(「シルバーバーチ愛の摂理」176頁)

夙川シルバーバーチ読書会