日々の生活に宗教は必要ですかと問われたら、そんなものは必要ないと答える人が多いかもしれません。しかしそんな人でも、人生どう生きていけばいいか模索したことはあるはずです。
 生き方としての宗教と、レッテルとしての宗教を使い分けているのだと思います。生き方としての宗教についていえば、まったくこれなしに生きていくのは大変ではないでしょうか。朝から晩までひたすら行き当りばったりの人も中にはいるかもしれませんが、極めてまれでしょう。
 人間の欠点や弱点を克服し、よりよい人生を送るための教え、生き方を指南するのが宗教であり、他人がどんなに〜教と雑多なレッテル貼りをしようとも、それを信じている人にはすべてそのように捉えられているはずです。
 たとえ自分を無宗教と思っている人でも、胸に手をおいて考えてみれば、やはり自分にもそうしたものは必要だし、実際なにがしかそれに類するものに従っていると気づくのではないでしょうか。
 霊的真理はそうしたものの集大成であり、まじりっけない知恵の宝庫です。理性に訴えるものであり、独自の固有名詞や意味不明の決まり事などはございません。
「あなたは人間である以上いろいろと間違いを犯します。弱点をお持ちです。長所ばかりではありません。人間味の本質は欠点があるということなのです。だからこそ地上へ来ているのです。その地上において完全を成就するということは不可能です。しかし、いずれは生活することになる次の世界に備えて、その地上にいるうちに教訓を身につけていくのです。」
(「霊訓11」17頁)
 霊的真理は、生き方を模索するすべての人に捧げられた真の宗教ということができます。