テレビで知ったのですが、鉱物女子というのが今ひそかなブームになっているらしい。たしかに綺麗なものだなあと眺めていたら、ビスマスという金属をコンロで溶かしてゆっくりさますという場面になって、そこでできた結晶の意外さ、美しさ、輝かしさに驚嘆してしまいました。
 世の中には美しいものがまだまだ隠されているのですね。
 とはいえ私たちが美しく貴重と思い集めたり眺めたりして喜んでいるさまざまなものは、みんな私たちの観方、感覚でそういうものであると分類されているだけで、その基準である、対称性とか輝き(輝度)、色彩(波長)、リズムとかを特殊であるとする根拠は、人間の感覚以外のどこにもありません。
 それとちょっと似たこととして、よく生物の形が非常に秩序だっていることや宇宙の様々なことが数学で語れることをもって宇宙を設計した知性であるとか、それを理解できる人間の特殊性を実感したりします(私もまったくそうです)が、それは人間がそのように世界を見たり捉えたり分析しているからそう思うのであって、考えれば当たり前、ということなのかも知れません。
 ふだん気づか(け)ず素通りしている世界のほうに実はもっと凄いことが隠されていたとしても、私たちにはそれらを捉えようもなく有難いと感じようもありません。
「五感もそれ自体は素晴らしいものですが、現実にはそれが外界から摂取するものを制限し、また摂取したものの理解を制約しています。」
(「霊訓10」92頁)