霊的視野でものごとを見るようになると新たな希望が生まれてきます。それは今まで気づかなかったことに気づくという意味で新しいだけではなく、もっと根本的なコペルニクス的な転回でもあります。
 それまで嫌で嫌でしようがなく、我慢したところでなんの得もありえないと思っていたことが、実は自分を高めるかけがえのない良いことだったということ。あるいは、それまで羨ましい、自分もあやかりたいと思って見ていたことが、実は必ずしも恵みではなくかえって当人を試すものだったり重荷だったりするということ。それだけではなく、絶望というものが金輪際ありえないということにも気付くのです。
 今の状況にかかわりなく、あとはすべて良くなっていくだけ、それもここで終点というものはなく永遠に良くなっていくというのですから。
 単に新しい希望というだけではとても足りません。もう根本的で永久のどんでん返しであり暗い顔をしているどころではないと思えるのです。
「皆さんも神の僕です。皆さんの労苦を通して大霊の御心が地上に行きわたるのです。その労苦の中に大きな喜びがあることを知ってください。なぜなら、多くの人々の生活の中にかつては思いも寄らなかった新たな希望をもたらしてあげているからです。」
(「シルバーバーチの霊訓12」180頁)