誰にも指摘されず誰も問題にしなければ、自分自身引っ掛かかりを覚えてもスルーしてしまう。でもそこで、これは摂理にかなっているのだろうかと考えてみる訓練が大事ではなかろうか。
 神は細部に宿ると言われますが、そういう目には見えなかったり見えにくかったりするところこそ神は見ておられるような気がするからです。
 誠意が大事ということは大人ならみんな知っていることなんですが、それを実行することはだいたい面倒くさいし諸般の事情でおいそれとできないこともある。色々とバランスを取ることが大人の対応という認識もある。あれやこれやでうやむやになってしまうのです。でもたとえ誰にも気づかれないように思えることであろうと、神の法則に忠実であろうとするその誠意が実は一番重要なのではないでしょうか。
 世間の常識で誠意が埋もれてしまわないためにも霊的知識をしっかりつかんで離さないことが大切になってきます。
「そもそもあなたがこの地上へ生まれて来たのは、陰性のもの、邪悪なものを克服して霊的に一段と強くなるためです。それが容易に達成されるとは申しておりません。大へん難しいことです。…なぜなら、それには霊的視野と焦点を常に誤らないようにするための強烈な精神的鍛練を要するからです。」
(「シルバーバーチの霊訓12」169頁訓練が)