世界中のあらゆる所を、ヒマラヤのてっぺんから深海の底まで旅してみたい。あるいは世界中のすべての人と知り合いになりたい。そんな願いを抱いたことはないでしょうか。ひょっとしたら少しぐらいそんなことを考えた人はいるかもしれません。私は結構長い間真剣にそう願っていましたので、テレビで遠い世界の風景が写し出される度に、また書店で膨大な数の精神の作物を目の当たりにする度に悩んでいました。どうすれば全世界を自分のものにできるのか。
そんな人間にとって年に何回か旅行にいったり書斎を作って手当たり次第本を買い込むぐらいではとうてい満足することはできません。といってそんなことを実行できるわけもなく、仮にそうしたらカラダの方がネをあげて満足したことにしてしまうのだろうとは思いますが。
そんな私から見て世の中の人はある意味すごくあっさりしているというか無欲に見えます。本当にそんな生き方で満足なんだろうか(どの口が言うかという感じですが)。時々旅行したり好きな服や時計や車を買ったり、せいぜい数人の好きな人と遊ぶぐらいで満足なんだろうか。だとしたら私には信じられません。
そんな人間にとって年に何回か旅行にいったり書斎を作って手当たり次第本を買い込むぐらいではとうてい満足することはできません。といってそんなことを実行できるわけもなく、仮にそうしたらカラダの方がネをあげて満足したことにしてしまうのだろうとは思いますが。
そんな私から見て世の中の人はある意味すごくあっさりしているというか無欲に見えます。本当にそんな生き方で満足なんだろうか(どの口が言うかという感じですが)。時々旅行したり好きな服や時計や車を買ったり、せいぜい数人の好きな人と遊ぶぐらいで満足なんだろうか。だとしたら私には信じられません。
人一倍欲張りだったおかげで気付くことができたのですが、それまでのやり方は本末転倒であって、それをいつまで突き詰めたところでだめなんです。
本当は個別具体的なモノやコトをいくらコレクションしたところでキリがありません。根本、実在を、つまり真理を手にしないかぎり、またそれに基づいて自分の本当になすべきことを見いださないかぎり決して満足できないはずなんです。正しい生き方ができていないはずだからです。
どうかすっかり満足できていない自分、真理に飢え乾いている自分に気付き、向き合ってほしいと思います。
「正しい生き方、すなわち霊的知識に順応した日常生活を送れば、自動的にあなたは霊的に、精神的に、物質的に必須のものを思い通りに手にすることができるようになります。物的なものを最優先させようとする考え方がそもそも間違いなのです。…心に宿す思念が霊的摂理に順応したものであれば、霊と精神と身体とが調和し一体となって働くので、必要なものは必ず手に入るようになると言っているのです。」
(「シルバーバーチの霊訓12」168頁)
本当は個別具体的なモノやコトをいくらコレクションしたところでキリがありません。根本、実在を、つまり真理を手にしないかぎり、またそれに基づいて自分の本当になすべきことを見いださないかぎり決して満足できないはずなんです。正しい生き方ができていないはずだからです。
どうかすっかり満足できていない自分、真理に飢え乾いている自分に気付き、向き合ってほしいと思います。
「正しい生き方、すなわち霊的知識に順応した日常生活を送れば、自動的にあなたは霊的に、精神的に、物質的に必須のものを思い通りに手にすることができるようになります。物的なものを最優先させようとする考え方がそもそも間違いなのです。…心に宿す思念が霊的摂理に順応したものであれば、霊と精神と身体とが調和し一体となって働くので、必要なものは必ず手に入るようになると言っているのです。」
(「シルバーバーチの霊訓12」168頁)