霊訓で説かれることは一貫しています。霊的前進、霊的成長です。高級霊の説くことですから当然ですね。しかし私たち人間にとっても、この地上限りの時間という束縛から解き放たれて、生命の実在の立場で物事を考えるようになると、確かにこの霊的成長が少なくとも他の物質的なことよりかは大事であると納得できます。
「地上での生活は一日一日が挑戦課題であり、いかなる次元の問題であれ、みずから克服すべきものとして受け入れるべきです。内部の霊性さえ発揮させれば、前進を阻むものは何一つありません。」
 霊的前進のために必要なことはただ霊性(神性)を発揮すること(それさえすれば、あとは失敗しても叱責されても負けてもかまわない)。そうだとするなら、さて今日一日顕現させるべき霊性とはどんなものでしょうか。
「毎朝の到来はより高い霊性の開発の可能性を秘めた一日の到来を意味します。その一日が終わった時に少しでも霊性が高まり、人間的に大きくなり、明日がもたらすものを受け入れるのにより相応しくなっている---そういう一日とする気迫で毎朝を迎えましょう。」とはいえ、なにも肩に力を込める必要はないですよ。リラックスしてすればいいんです。(「シルバーバーチの霊訓12」147頁)