「霊的知識を手にした者にとって大切なことは、二度とこの世的な悩みごとのために塞ぎ込むようなことがあってはならないことです。」
 なかなか厳しい指導です。霊的知識を得たとしても理解の深度には差があって、最初から深く得心するとは限らないし、深く理解できてもそれを魂に刻み付けるほどまでになるには場数が必要でしょう。
 真理を理解している人でも、たとえばゴールデンウィークで各地の行楽地や海外に出かける旅行者の様子をテレビで見て、どこにも行かずひたすら孤独に耐えている自分を思って、つい気持ちが塞ぎ込みそうになるかもしれません。
「あなたが人間であり、それゆえに転ぶこともあることは私も知っております。ですが、悩みごとが次第に大きく感じられてきた時、そこでしっかりと踏みとどまり、いかなる悩みごとも、実在である霊の光を曇らせることはできないのだという認識を新たにすることができれば、心晴れやかとなり絶対に克服して見せるとの信念が湧いてまいります。」
 たしかに物質的現象がいかに暗く荒れた様相を呈しようとも、その雲の上では神の愛が常に燦々と輝いているのですから、そのような霊的視野で常に物事をとらえられるようになりなさいと高級霊が励ましてくれているのです。
「これは実に厳しい教訓ではあります。が、…何かを成就せんとすればまず自我を鍛えないといけません。」
 そうやって真理を我が物とできたからには、心晴れやかに保っていつでも人のため役立てるように準備できていないといけません。しかもそれではじめて霊的成長のスタートに立てたことになるのですから、先はまだまだ長いのです。
(「シルバーバーチの霊訓12」146、147頁)