どうして私は毎日毎日、我ながらあきれるぐらい熱心に(というのは言葉の綾で、実は半分習慣化しているせいかもしれませんが)、霊訓から真理の言葉を引用しているのか。
それは人間が本当に幸福になるための叡智がここにつまっていると思うからなのです。
みんなみんな生きるからには何かを求めている。それはいったい何でしょう。お金、異性、地位、世間体、生きている実感、夢の実現…。これらはもちろん大事ですが、実は一番大事なことが抜け落ちているのではないか。
”人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである。”
地上人は生きていくためにまず肉体の維持を図る必要があるので、つい肉体本能を満たすことに心を奪われがちですが、それをどこまで追求したところで決して幸福になれないことはみんなよく知っていること。しかし実は肉体本能よりもっと大切な霊(霊体)にも本能があって、人間の真の幸福実現には何よりこの霊的本能を第一に考えなければならないのです(これはもう別次元の重要さです)。
この現実が日常生活の中ではなかなかはっきりとわからない。しかも霊的本能、神の言葉で生きるといっても具体的にどうすることなのかわからない。そこで解説書、霊訓や宗教が必要なのです(霊訓や聖書や他の教典が聖なるものだから大事なのではなく、そこに説かれる真理が尊いのです)。
ここでぶっちゃけ、私なりに霊的真理を説かせていただくとするなら、霊的本能とは神に近づきたい、神(のよう)になりたい。これです(そうじゃないですか?)。
このことを一人でも多くの人に気づかせたい。そしてその実現のためどうすればいいかを知らせたい。そういうわけでこれからも力の続くかぎり霊訓を引用しつつ自分の言葉で訴えていこうと思います。
「私たちはもはや書物や人物や権威を拠り所とはいたしません。神から授かっている理性、これを拠り所とし、これに訴えかけます。…もしも私の述べることがあなたの理性にそぐわない時は、あっさりと拒絶なさってください。しかし同時に、私の申し上げていることが人間の最高にして最上の本能に訴えていること、古い時代からの誤った知識を取り除いて、人間にとって大切な霊的真理をお届けしようとしていることも分かっていただけるでしょう。」
(「シルバーバーチの霊訓12」140頁)
それは人間が本当に幸福になるための叡智がここにつまっていると思うからなのです。
みんなみんな生きるからには何かを求めている。それはいったい何でしょう。お金、異性、地位、世間体、生きている実感、夢の実現…。これらはもちろん大事ですが、実は一番大事なことが抜け落ちているのではないか。
”人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである。”
地上人は生きていくためにまず肉体の維持を図る必要があるので、つい肉体本能を満たすことに心を奪われがちですが、それをどこまで追求したところで決して幸福になれないことはみんなよく知っていること。しかし実は肉体本能よりもっと大切な霊(霊体)にも本能があって、人間の真の幸福実現には何よりこの霊的本能を第一に考えなければならないのです(これはもう別次元の重要さです)。
この現実が日常生活の中ではなかなかはっきりとわからない。しかも霊的本能、神の言葉で生きるといっても具体的にどうすることなのかわからない。そこで解説書、霊訓や宗教が必要なのです(霊訓や聖書や他の教典が聖なるものだから大事なのではなく、そこに説かれる真理が尊いのです)。
ここでぶっちゃけ、私なりに霊的真理を説かせていただくとするなら、霊的本能とは神に近づきたい、神(のよう)になりたい。これです(そうじゃないですか?)。
このことを一人でも多くの人に気づかせたい。そしてその実現のためどうすればいいかを知らせたい。そういうわけでこれからも力の続くかぎり霊訓を引用しつつ自分の言葉で訴えていこうと思います。
「私たちはもはや書物や人物や権威を拠り所とはいたしません。神から授かっている理性、これを拠り所とし、これに訴えかけます。…もしも私の述べることがあなたの理性にそぐわない時は、あっさりと拒絶なさってください。しかし同時に、私の申し上げていることが人間の最高にして最上の本能に訴えていること、古い時代からの誤った知識を取り除いて、人間にとって大切な霊的真理をお届けしようとしていることも分かっていただけるでしょう。」
(「シルバーバーチの霊訓12」140頁)