ウチは暖房に薪を使っているので、薪をくべる際に注意しないと冬眠中の虫を一緒に火葬してしまうことになります。
  一番多いのはクモ、それからカメムシ。たまに小型のゴキブリやヤモリ、マイマイカブリなんかもいます。気づいたときにはできるだけ逃がしてやるようにしますが、自分で言うことではないですが、だからといって自分が優しい人間だとか思っているわけではなく、ただ、できるだけ殺さないようにするのが正しいからです(と言っておきながら、一方では殺したあとの結果物を喜んで食べていたりしますが)。
  薪は太陽エネルギーの循環の一端で、日光と空気と水と土の栄養で大きくなった木が何十年かして伐られ、割られ、乾かされ、火にくべられてそれまで溜め込んだエネルギーの一部を暖かさとして放出しながら最後には灰になり、ご近所の畑にまかれて、また土の栄養として循環します。大自然のシステムなんです。
  生き物が好きなように生き、常時遭遇しては影響力を与え合ってそれぞれ繁栄をめざすというのも大自然のシステムですね。
  これらはみんな神の意図されること、神の愛なのだと考えるとすごく理解しやすい。愛というとあまりに人間中心に考えて好き嫌いや情熱や優しさなどの性格にからめて考えるかもしれませんが、神を中心にした大自然のシステムと考えるとすごく理解しやすいし、一切合財がスムーズに動いていくと思うのです。人が何か誰かを愛する時に、神の愛の表れとして行使するなら、つまり好き嫌いなど関係なく協調と互助として顕現するなら、地上天国が実現します。夢物語かもしれませんが可能性はあります。
「そもそも自由意志の授与は、人間が大自然の創造の過程に参加し、大自然の摂理と調和して生き、健康と理解と悟りを得て天命を全うするための神の計画の一環なのです。」
「殺すという行為は、たとえやむを得ない事情はあるにしても、いけないことであることは明らかです。生命を与える力はないのですから、奪う権利もないはずです。が、酌量すべき情状というものがあることも事実です。」
「霊的に進化するにつれて人間は、霊的実在についての知識を基盤とした明確な原理にのっとって生きなければならないことを自覚するようになります。所詮完ぺきな生き方は望むべくもありませんが、改善の余地は大いにあります。」
(「シルバーバーチの霊訓11」176,177頁)