様々な体験は神の用意してくださった食事ととらえることができます。
 私たちの成長を願って神が愛を込めて準備してくださった食事ですが、それを私たちはありがたく受けとる代わりに、しばしば食べ残したり「恐れ」という名のソースをたっぷりかけて味を台無しにしてしまいます。せっかくの神の愛を感謝して受け取らないので消化不良を起こしてしまうのです。
 人間の側からすればそもそも苦い体験が自分にとっていいものだととらえるのには無理があります。だから知識が必要なのです。
 人間は地上人生一度きりで終わらず何代もかけて段々良くなっていくものだということ。それはすなわち人間の本体が肉体ではなく霊であり、霊に関わることこそ大切なのだということ。
 神の思いを素直にとらえられるようになるには、地上人生を越えたスパンで物事を見る霊的視野と、物質<霊の霊的価値観が車の両輪のようにどちらも欠かせないのです。