今、本山 博という人の書いたヨガの本を読んでいるのですが、ヨガの哲学と霊訓で示されている真理を比べてみると面白い。
ヨガによると人間は、肉体、アストラル体、カラーナ体という身体を持った3つの次元で構成されていて、修行が進むとさらにその上にある形を持たないプルシャという次元に入っていくそうです。これを霊的真理に当てはめると、肉体はそのままですが、アストラル体=精神(幽体、魂)、カラーナ体=霊(真我)というふうに対応すると思います。プルシャは大霊ということになりますが、本山さんによると、プルシャに入る=ニルヴァーナというのは自我が存在するのに形を要しない状態ということなので、それなら、神の高みに近づいた物質的な再生を要しない高級霊の状態、というふうに霊訓にならって捉え直すことができそうです。
ヨガ風に言うと、肉体、アストラル体、カラーナ体のそれぞれに対応したエネルギーがあって、例えば気功で扱う「気」は肉体的なエネルギーで、体のまわり、せいぜい2メートルぐらいしか働かないそうです。でもその上のエネルギーになると物理的な距離は関係がなくなり、例えば日本にいながらアメリカにいる患者を遠隔治療したりできるようになります。
シルバーバーチもこう言っています――――
自分だと思っておられるのは、身体を通して表現されている(本当の自分の)一面だけです。それは奥に控えるより大きな自分に比べればピンの先ほどでしかありません―――。
霊性の進化向上とは「小さな自分」へのこだわりを脱ぎ捨て、より「大きな自分」を顕現させていくことだとも言えそうです。
ヨガによると人間は、肉体、アストラル体、カラーナ体という身体を持った3つの次元で構成されていて、修行が進むとさらにその上にある形を持たないプルシャという次元に入っていくそうです。これを霊的真理に当てはめると、肉体はそのままですが、アストラル体=精神(幽体、魂)、カラーナ体=霊(真我)というふうに対応すると思います。プルシャは大霊ということになりますが、本山さんによると、プルシャに入る=ニルヴァーナというのは自我が存在するのに形を要しない状態ということなので、それなら、神の高みに近づいた物質的な再生を要しない高級霊の状態、というふうに霊訓にならって捉え直すことができそうです。
ヨガ風に言うと、肉体、アストラル体、カラーナ体のそれぞれに対応したエネルギーがあって、例えば気功で扱う「気」は肉体的なエネルギーで、体のまわり、せいぜい2メートルぐらいしか働かないそうです。でもその上のエネルギーになると物理的な距離は関係がなくなり、例えば日本にいながらアメリカにいる患者を遠隔治療したりできるようになります。
シルバーバーチもこう言っています――――
自分だと思っておられるのは、身体を通して表現されている(本当の自分の)一面だけです。それは奥に控えるより大きな自分に比べればピンの先ほどでしかありません―――。
霊性の進化向上とは「小さな自分」へのこだわりを脱ぎ捨て、より「大きな自分」を顕現させていくことだとも言えそうです。