「霊性の進化」という言葉を何度も何度も使っていますが、これをもう少しくだいて言うとこんなふうにも表現できます。それは、何らか形のあるものからどれだけ自由でいるか、つまりどれだけこだわりが少ないか、と同時にどれだけ神に近いか、つまりどれだけ他者を自分自身と分け隔てなく愛せるようになれるか、ということです。
 いわば、創造物から自由になり創造主に近づいていく。それが霊性進化の道です。
 私たちが神に近づくうちに、霊が発露する側面「愛と慈悲、寛容、同情、強調」が発揮されていきます。一言で言うと「自分自身を愛するように、隣人を愛する」ようになっていきます。
 ただ、私たち霊は大霊(神)の一部ですが、大霊による創造物でもあるので、どこまで進化したとしても大霊と融合してしまうことはない、というのがシルバーバーチの立場です。

 霊性の進化の進み具合は霊によって違っていて、霊性の高い霊もあれば低い霊もあります。その違いは決して優劣ではありません。創造主はすべての霊の上に完全な公平と愛を摂理を通して実現しているからです。そこには一切の裁きがありません。

 それなのにどんな資格があってそんなことをするのか、人々は他者に優劣を当てはめて裁いています。これは重大な摂理違反です。そして裁くがゆえに他者との間にしばしば軋轢が生じてしまいます。結局人は自分の価値観を通してしか他者を認識できない。人との「違い」が「優劣」「好き嫌い」とどうしても結びついてしまうのです。

 どうすれば他者を素直に受け止められるようになるのでしょう。これは冒頭に書いた「こだわり」からいかに自由になるか、と直接関係してきますが、まずは自分の中にある裁いてしまう自分を一旦認めた上で、他者を神に愛されている「霊」として接し、自分もその他者の霊も、それぞれが、それぞれの進化の途上で歩み続けているのだ、と捉えるしかないと思います。