糸井重里さんのインタビューを見ていたら、「夢」についてこんなふうに語っていました。夢は設計図のようなものだから、あまり遠大なものは描きようがないので小さい方がいい。それでも考えているだけでは描けないから、「風に当たって」=現実にまじめに取り組んでいく中ではっきりしてくる、というような内容でした。
 人生をしっかり生きていく上で、夢ってあえて設定する必要があるのだろうか?
 夢が必要かどうかではなく、夢について考えることが必要かどうか、ということなら、これは若い人たちが考えることは必要であって、「夢が持てない」と悩んでいるというのは、実はいい兆候なのかもしれません。
 夢を持つにはどうすればいいのか、そもそも夢とは何なのか、と悩むことは、真理とは何なのか、何のために人は生きるのか、という悩みと深い関係があると思います。10代~30代にそういう疑問を抱き続けるということは、人生や人格を向上させたいという意志の表れだから大切にしたいのです。
 しかし社会人になって社会的な役割が求められるようになると、いつまでもモラトリアムに浸ってはいられません。その時には思い切って社会の中に飛び込み、まずはからだを動かすことで段々見えてくるものがあると思うのです。
 自分の夢とは何か、しばしば思い悩むこと自体が道楽になってしまっていますから、そこから離脱して、地に足の着いた自分の果たすべきポジションが判ってきて、そのために何をすべきかが定まって来るのだろうと思います。
 そうなればもう大上段に構えて、自分の夢とは、なんて語る必要はなくなってきますよね(中にはキング牧師のように、夢を語ることがその人の果たすべき役割、というケースもあるでしょうが)。
 コネクティング・ザ・ドッツ。瞬間瞬間にやるべきことに全力で取り組んでいると、それらがやがてつながって、自分の天命に至るのだと思います。

                                       takao