地域や家族、人と人とのつながりが希薄になるにつれ、自分がいなくても誰も困らない、誰にも迷惑をかけないんだから何をやってもかまわない、と自殺や危険ドラッグに走る人が増えている、という雑誌の記事を読みました。
霊的真理を教わった者として、これは絶対に間違っていると強調しなくてはなりません。
人の命はその人だけの物ではない、といわれます。確かに家族や学校、地域や職場などその人と関わりをもつ人が、その人の身を案じその人の死を悲しむでしょう。でも周りの人はみな地上人です。
もしそのような地上の関わりが非常に薄い人だったら、死んで困るとしたら本人だけだし、まわりに迷惑をかけなければ自殺してもかまわないんでしょうか?
霊的真理を知るまでは、私は「絶対に駄目」と言いきる自身がありませんでした。
しかし今は違います。地上でどんなに孤独な人であっても、その人を深く愛し見守り続けている霊が必ずいるのです。自殺はその霊を悲しませることなのです。自殺や自分を汚す行為は、その人が生まれる前から見守っている最高の理解者(その人自身よりもその人のことを知っている)である守護霊の期待を裏切り、それまで指導を受けた恩を仇で返すようなものなのです。
せっかく霊的成長のための特進クラスである地上生活に入れたのに、卒業せずに退学してしまうようなものです。恩師をしっかりと意識し悲しませないようにしなければいけません。
死んで困るのは自分だけ、では決してないのです。
takao
霊的真理を教わった者として、これは絶対に間違っていると強調しなくてはなりません。
人の命はその人だけの物ではない、といわれます。確かに家族や学校、地域や職場などその人と関わりをもつ人が、その人の身を案じその人の死を悲しむでしょう。でも周りの人はみな地上人です。
もしそのような地上の関わりが非常に薄い人だったら、死んで困るとしたら本人だけだし、まわりに迷惑をかけなければ自殺してもかまわないんでしょうか?
霊的真理を知るまでは、私は「絶対に駄目」と言いきる自身がありませんでした。
しかし今は違います。地上でどんなに孤独な人であっても、その人を深く愛し見守り続けている霊が必ずいるのです。自殺はその霊を悲しませることなのです。自殺や自分を汚す行為は、その人が生まれる前から見守っている最高の理解者(その人自身よりもその人のことを知っている)である守護霊の期待を裏切り、それまで指導を受けた恩を仇で返すようなものなのです。
せっかく霊的成長のための特進クラスである地上生活に入れたのに、卒業せずに退学してしまうようなものです。恩師をしっかりと意識し悲しませないようにしなければいけません。
死んで困るのは自分だけ、では決してないのです。
takao