軍艦島(端島)ツアー、上陸前にぐるり一周。左舷と右舷はルックスが大違い。軍艦島命名のもとになった戦艦「土佐」に酷似しているのは左舷だろう。
いよいよ上陸だ。運悪く、雨がぽつぽつ。「傘はささないでください」とガイド嬢。ビニールの雨合羽を手渡してくれた。なぜ傘は駄目なんだろう。
雨合羽は白と薄緑の2色。プレミアムの乗客は薄緑、スタンダードの客は白。なぜクラス分けするの? 約1時間後に、その謎は解けた。
軍艦島最盛期には5300人が暮らし、当時は日本一の人口密度だった。島内には小・中学校はもちろん、病院や映画館、パチンコホールもあった。

発掘される石炭は良質で、日本の近代化を支えたが、石油にエネルギーの主役の座を奪われて徐々に衰退、1974年に閉山し、無人島になった。
観光客が歩けるのは船尾の海岸線沿い200mだけ(全周は2㎞)。主要な建物が並んでいた中心部はオフリミット。安全性と保全のためらしい。
廃墟の島、コンクリートとレンガ造りの建物だが、長年の風雨にさらされ、劣化が著しい。元島民が現状を見れば、その劣化ぶりに嗚咽するだろう。
アパートは7~8階建て。肩を並べるように密集、現代から見ると、かなり生活は窮屈だったろう。僕は先人たちの労苦に思いを馳せた。
ガイド嬢の案内を聞きながら、見学コースを約1時間で巡り船に戻った。乗船は薄緑グループから。安いチケットの白グループは最後に乗り込んだ。
<軍艦島>2015年7月、「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」として世界文化遺産正式登録された。










