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そうそう!月末ですが、この件決着させておきましょう!
JC宣言で、
「個人の自立性と社会の公共性が
生き生きと協和する確かな時代を築くために」
に質問・疑問を持ったことがあった話 をした決着をつけておきましょう!
先日、雑誌でオネエ言葉で有名な教育評論家尾木直樹氏の言葉が印象に残りました。
「教育は個なのです。個が豊かに育って、自立した個が連携してこそ、集団の力を発揮できるのです。」
JC宣言の解説では、「個」にも「公」にも著しく偏ってはいけない、といった内容であったかと思いますが、
そもそも、「公」は「個」の力を発揮する環境を整える責任がある、ということであって、「個」と「公」はまったく対等な関係ではないのではないか?
協和するなどというのは 上から目線で権力者としての物言いで、 組織の力を重視して個人の権利をないがしろにする雰囲気さえ漂うJCのままではいけないのではないか?
ということについて疑問を呈したものです。
まあ、当時は歴史教科書問題なんかで、「日本の戦後史観は歴史を階級闘争的な偏った見方をしている」というJCの歴史観に「世界史や民主主義の歴史は階級闘争そのものの過程ではないか!」と反論していたまあ反骨精神の持ち主でずいぶん叱られたものです(・・;)
これからの時代、リーダーはスタッフの支持無くして成り立ちませんし、スタッフ一人ひとりの利益にかなう決断や指示をしながら、個人の利益と組織全体の利益を両方求めて結果を出すことの出来る人が真のリーダーです。
むしろ、個人の利益追求のためにこそリーダーがあり、その結果として背反しない全体の利益を求めていくべきではないか?
ということではないかと思うようになりました。
経営者や管理職の多いJCメンバー、
人間は法の下の平等があるけれども、
より力を持った人=リーダーと言われる人々はそれに伴う重い責任と組織全体の幸福と組織の個々の構成員の幸福を同時に追求して結果として残すことが出来なければいけない。
そう考えたら、
「個人の自立性と社会の公共性が
生き生きと協和する確かな時代を築くために」
も納得出来るところかな!
その到達点は、組織の構成員がそれぞれの公共性について関心を持ち、出来ることを実践することにあります。
政府が「新しい公共」を標榜しているように、
JFKの言葉にある、
My fellow Americans : ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.
「アメリカの同胞諸君!国家が諸君のために何をしてくれるかを求めず、諸君が国家のために何をできるかを求めよう。」にあるように。
JC宣言は、市民が地球益を考えるようになるためのリーダーシップをしかるべき人々がまず発揮しないといけない。そのための目先の不条理や不公平や不平等にも目を向けて出来ることをやっていこう、というメッセージにも取れると思います。
まあ10年で考え方も変わったよ!保守的になったのか、現実的になったのか?う~ん。