その日は、あっという間にやって来た
お昼休みの社員食堂
暑さのせいか、緊張のせいかはわからないけど
食欲がまったく湧かないわたしは、カフェオレでサンドイッチを流し込む
「あのっ、今日って残業とかありませんよね?」
さりげなく、隣にいた武田さんに聞いてみると
「たぶん、定時で帰れると思うけど」
ハンバーグを頬張っていた武田さんの目がキラッと光った
「もしかして、デート?」
「いえ、友人から急に会いたいって連絡が来て…」
「ふーん、デートなんだあ」
「主任、聞いてました?デートなんかじゃありません」
わたしがムキになって否定すると
「なーんか、おかしいと思ってたんだ。昨日からソワソワしてるんだもの、森崎さん」
「えっ!?」
武田さんは可笑しそうに言いながら、手にしたフォークをクルクル回した
「当ててみようか、その人とは初めてのデートなんでしょ?」
「そっ、そんなんじゃ…」
「夕立が降るって言ってたから、気をつけていってらっしゃい」
満面の笑みで手を振った武田さんの言葉通り
午後5時半に仕事を終えて会社を出ると、外は土砂降りの雨だった
「これじゃあ、傘があっても濡れちゃうなあ」
面倒だけど
いったん自分の部屋に戻って、着替えをしてから出かけよう
あれっ?
わたし、ほんとに行くつもりなの?
はっきりとは覚えていないけど
2年前の今日
あの場所に彼がやって来たのは
「たしか9時半、くらいだったよね?」
わたしの方が先に着くのは、さすがに違う気がするし
ひと休みしてからブルーのワンピースに着替え、雨上がりの街へと向かう
目的地は、まだ足が覚えていた
カクテルバー「ノクターン」
彼と別れてすぐにバイトは辞めたため、ここを訪れるのも久しぶり
ドキドキしながら、震える指で扉を開けると
「…っ」
カクテルの甘い香りと、ジャズピアノの音色に包まれ懐かしさで胸がいっぱいになる
ところが
「あれっ?」
店内を見渡してみても、彼の姿はどこにもない
とりあえず
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「あの、ギムレットを…」
あの時、彼が座ったカウンター席に腰をおろしてお酒を頼む
もしかして、日にちを間違えた?
それとも、紗良ちゃんの体調がすぐれない?
まさかとは思うけど
あれは小説の中の言葉であって、実際にわたしと会いたいわけじゃない…とか?
LINEはブロックした上で履歴を消したから、連絡なんか取れないし
どうすればいいの!?これ
酔いがまわった頭の中で、あれこれ思いを巡らせていると
「となり、座ってもいいですか?」
右の肩越しに、ひどく掠れた声がした
目の端に濃紺のスーツと大きな左手が映り込む
衣擦れの音がして、男がスツールに腰をおろすと
「あ…」
その懐かしいムスクの香りに、わたしは息が出来なくなった
つづく↓

