中学校入学式&新三年生始業式
朝方雨降ってたけど、後半気温が21度まで上がり、更に晴れた。桜は満開通り越して多少葉っぱ出ちゃってたけど、いい感じに入学式を迎えました。ちなみに新三年生の方は昨日始業式で、変なダンスを踊りながら上機嫌で去って行き、上機嫌で帰ってきました。うちの兄弟互いのスケジュールがどうであろうと互いにかなりどうでもいいようで、自分中心に楽しく生きてます。さて入学式ですが、最初だらだら行ってたんですが、結論として学区変更して本当に良かったと思いました。まず、同じ通級組、4,5年生時代に同級生だったエス君(仮名)が同校の支援学級に入りました。うちのLD系男子はA組で、更に同通級出身の(一度も同じクラスにはなったことがないので面識はないんですが)エス君のご両親とご一緒してて色々聞いたところ、なんと、エス君と面識のある通級組が今学年中後二人もいるのだとか。ということは、同じH中学通級組になるのであろう。支援学級は勿論少人数なのですが、普通級も充分少人数で正直ここまで少人数とは思わなくて私は結構感動しましたね。うちの県ではまさに最少なんじゃないかなって思います。更に凄いところは積極的に普通学級にも発達障碍児童を受け入れているらしく、特にこれは類を見ないぐらい多いなあって思ったのがダウン症児童の受け入れ率でした。なんと、全学年で二ケタいるらしいんですよ。支援級にも普通学級にもダウン症の方がいらっしゃるらしいんです。 まあダウン症にも色々種類がありまして、モザイク型っていうのは比較的障害が微細な方が多いんです。知能指数的にも特に問題ありませんし、私の母方の従妹も一人このダウン症モザイク型なんですけど、ちゃんと高校行って専門学校行って、就職し、その就職先の上司と結婚しました。ただし、彼女の子供は5割の確率でダウン症になってしまうんです。其の為、彼女は結局自分の子供を産むのは諦めてしまいましたけれど、専門職ですんで今でも働きながら旦那さんと穏やかに暮らしてます。 支援級と普通級の両方にダウン症の方がいらっしゃったので、障害っていうのは種類が一緒でも色々様々なものなのだなーとなんかこの年になってしみじみ感じ入りました。なんにしても、うちの息子には最適な環境であることは間違いないと思います。少人数制ですし、ダウン症や発達障碍児童が健常児とほぼ同数いるという状態、児童の方にも特に偏見がないようでうちの息子、何しろ表情筋が活躍しない超絶無表情な男で緊張すると更に無表情という残念な男なわけですけども、周りがそういうのを「よくある事」とか「特に気にする要素ではない」と自然にスルーしてくれるとこんなに簡単に物事は進むんだなあって思いました。うちのLD系男子にしては幼稚園時代から初、いきなり友達が出来てました。一緒に並んで(名前の順でしょう)た両隣の男の子が、このO中学持ち上がりのO小学校(通級指導学級&支援学級がある学校です)出身で、LD系男子ぐらいじゃ全然珍しくもなんともなかったみたいで、両隣から「どこからお前来たんだ!」と滅茶苦茶フレンドリーに質問攻めにあってた模様。(苦笑)W中学から越境してきたと言ったらちょっと驚いていたようでした。O中学校は少人数制の上に、近くにある養護学校(名前が養護学校でそのまま残っているんです。今は法規上は特別支援学校と名称が改まっていますが、正式名称としては養護学校なんですね)と提携しているので物凄く障碍者支援のボランティアが多く、この校風に合わず、同じ学区内の別の中学校(大抵進学校)に移動してしまう方が頻発してるそうなんです。まあそのおかげで、うちのLD系男子が受け入れて貰えたのだから私としては万々歳なんですが、私もうちの息子がLDでなければ生涯このような発達児童について考える事は無かったのだろうなあと思います。兎に角、このいつも式典やしゃちほこばった場所では無表情を貫く男が、式典の最中も記念撮影の時も素敵な笑顔でした。なんかもう最初から友人だったように三人で固まって、楽しそうに話してましたし、帰りも一緒に帰ろうって言ったんですけど、うちだけ区外だから明らかに帰る方向が逆なんですよね(大笑)でもあって初日なのに、全然関係のない(多分この二人というかO小学校時代からの馴染みでも女性……?)友人の家に遊びに行こうといって約束してました。「中学校は楽しいなあ」とえらい嬉しそうだったので、私もこの調子で三年間、楽しく過ごせればいいなあと期待してます。この二人には W中学校に(難関高校受験希望者には大人気の学校なんです。全国に類を見ない制度を導入してる学校でもあるので……。うちのLD系男子には無理でしたが、次男(現三年生)は有望視されてます。どのみち次男は健常で発達障害の要素がないので確実にW中学校に進学することになります。逃れるには国立か私学を受験するしかないんです)行く権利を元から持っているのに出てきたというのが多少信じられなかったようで(出たい人も多いんだよーwと内心思っとく)何度もLD系男子に「なんでW中学行かなかったのさ」と聞いてましたが、LD系男子もしょっぱなから自分がLDだと告白する気はなかったようで「なんでだろうねw」と言葉を濁してました。まあでも近いうちに通級行くからばれちゃうと思うけど、別に自分から言う必要はないよねとは思います。それと入学の祝辞ですが、W小学校からはうちのLD系男子が唯一人進学だったので、W小学校からの祝辞はないだろうなと思ってたのですが予想に反してありました。あの伝説のバディ先生方、学年主任のW先生とLD系男子の担任だったK先生からでした。両方明らかに祝辞がLD系男子への「私信」だったのが内心笑えましたけど、LD系男子自身にはどう伝わったのかな、そもそも聞いてたのかな……と思いました。一年間ありがとうございました。 小学校最終学年の六年生ではある程度人間関係も持ち直してましたけれど、どうしても劣等生、LDで苦しんでいた五年間のイメージが抜けず、最後の最後まで判りあえなかった相手もいます。中学校の先輩方にしてみると、うちのLD系男子のイメージは小学校四年生の超劣等生で、自分たちのパシリだった記憶しかなく、W中学校に進学していたらその他人の決めつけた「勉強のできない子」という最悪なレッテルを貼られたままただ足掻くだけの辛い中学校生活になっただろうと思います。 K先生の「君は良くやった、君なら出来る。中学校では沢山の友人を作って、新しい生活を楽しんでください」という言葉を胸に抱きしめて大切にこの三年間を学んでいこうと思います。って私が感動しててもダメですけどw入学式三人で仲良く撮った写真。本人たちは載せれないけどね💛 特別支援学級とか、特別支援学校とか、どうしても「劣った人が行くところだ」と思いがちでその間違った印象が未だに拭い去れず存在していることを私は残念に思います。そうではなく、今の支援学校、いえ私は支援学校については判らないので断定は避けますが、少なくとも支援学級と支援教室(通級)などの存在は、劣っているから行かせるところではなく、ハンディキャップを持っている人間が、「学ぶための支援」を行ってくれる場所であるということです。中学校に入って、小学校と違ってここいらが突然明瞭に、しかもはっきりくっきりしたと私は思いました。LD系男子はIQがならすと平均の104ですが、同じ通級組、特に中学校通級ではIQがずば抜けていい子がいます。140などざらで、160オーバーと言う子も珍しくないそうです。勉強はずば抜けて出来るんですが、協調性がないと将来仕事に結びつきません。どんなに能力が高くても、人間はどうしても共感性と共同性を持たずにはいられないのです。一人では決して生きていけない生き物でもあるからです。そういった弱点を、今後その子を辛い状況に追い込みそうな問題を先回りして洗い出し訓練し、緩和する為にも支援学級は存在しているのです。この支援学級、実は存在してるだけで意義があるんです。学校の普通級でどうしても辛い、と言った時に「こっちで勉強しても同じ評価を与えるよ!」というような避難所、「そこがあるんだ」というだけでやっている子もいるんだそうです。私はなんだか判ります。絶対やらなきゃいけない、こうじゃなきゃいけない、ここしか行くところがないという意識は人を追い詰めます。ゼルダの伝説っていうゲームを最近やってるんですが、持ち物の中に「妖精」が入っていると、一回死んでも直ぐに妖精が生き返らせてくれるんですよ。その妖精をポーチの中に持っているだけで、「一回死んでも大丈夫!」って最初からワンチャン与えられているっていうのがどれだけの勇気を齎してくれるか。いつもだったら絶対にしないような大胆な戦略を立てて玉砕してみたり遊び方の選択肢が増えます。一匹じゃ出来ないことも二匹居たら更にできます。三匹いたらもっとできます。だから私は怖がりなので(笑)十匹とってきました!そして十匹いるからズンドコ激しく大胆に戦いだしましたが(笑)そうなるとなんでか全く死ななくなるんですよね。あれ? もしかして私に足りなかったのは「失敗する勇気」だったのかもしれない? なんて思うわけです。支援というのは発達障碍児童にとってこの妖精であり、ミファーの祈りです。そして気づくでしょう。ゲームなら妖精とミファーの祈りすべて使い切っても、最悪ロードという方法があると言う事を(笑) リセットボタンがあるってことを!支援級や支援学校は、そういった選択肢を広げていく、命はリセットできないけれど、意外に人生には「リセットボタン」や「ロードボタン」が沢山あるんだよ、でもってそれ、妖精と祈りを使い切って本当に自分がそうしたいと思ったらリセットしていいんだよ、ロードしても怖くないよ、貴方は間違ってないんだよ、と教えてあげる為に、そしてそのボタンを沢山渡してあげる為にあるところだと私は思うのです。 これが一つも貰えなかった発達障碍児童はさぞかし苦しかろうと私は思いますよ。