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  ​本人を見なくなる人がいる

次男が不登校になった時に、
色々なサービスを探したけれど、
その多くが
「高い学校への登校率が
達成出来ているから、
自分たちのサービスは素晴らしい」
という主張だったし、
時折尋ねてくる担任も目標は
「学校に通うこと」だった。

正直、親としては学校に関して
特に行かないといけないと
思っていなかったので、
孤立して感じていた。
次男に望むのは
「まず第一に楽しく生きること。
第二に、彼のペース・やり方で
学ぶ方法を習得して
好きなことを見つけること」であって、
学校は合えば通ったらいいし、
何か要望があれば代わりに交渉するし、
合わないなら不登校でも良かった。

正直、親の要望は
なるべく聞いてくれる子だから、
多分親が本気で
「また登校すること」を第一目標にしたら、
もっと早い段階で通えたと思う。
けれど、短期間でまた心身の調子が
崩れてしまっただろう。

普段の関わりでもそうで、
本当に子どもの人生や10年後を
見据えた時の目標を共有したい。

今の見た目・数字を良くしようと
し過ぎれば、子どもへの対応が歪む。

不登校の議論でもそうで、
結局その子がどういう状態で、
どういう支援が受けられて、
数年後はどうなって、
成人後はどうなったかこそを
議論すべきだけど、
何%が学校に復帰したかが
見られることが多い。

情報が多いし、
定性的で数字にならないから、
大きな人数を扱うに不向きなのは
分かるけれど、
普通から外れた子の親側を経験してみて
「もっと、『今の本人に対して
それぞれの立場から出来ること』
に関して相談させてくれませんか?
今話しているのは
統計の数字の1じゃない
生きている子に関してですよ?」
と何度も思った。

今の支援級の担任には初めて通じたし、
学校からの提案ももらえて、
本当に嬉しい。
優しい先生だと思うけれど、
今までの先生も
話している限り優しい人だった。
きっと仕事が忙しすぎるし、
普段の仕事で子の要望を
掬い上げる制度がない状況に
慣れすぎているのだと思う。

ただ、逆に子どもに関わる大人に
自由に「自分はこれが
最善だと思うから」の対応をさせると、
一定数歪んだ人間に
子どもが疲弊させられる可能性が
あるとは正直思う。

どうするのがいいんだろうか?
行政が把握しようもない部分があるし、
把握したとしても
最適な選択が出来ないこともあるだろう。

 
 
 
 
 

 

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