コメントのお返事が追いつかなくてごめんなさい。

 

全て嬉しく読んでいます。

 

 

 

反響が大きかった記事や、

沢山の人に知ってほしい記事を

集めたワードプレスブログ。

 

  親が介入出来る部分は

子ども達を見ていて、
苦手な事や、経験したことがないない事で
何かが出来るようになるのに必要なのは、
①「体の成長」
②「ふいに来たやる気の波の最中に
取り組める位、近くにあること」
③「嫌いになっていない」
の3要素が重要。

そして親の積極的な介入で変わるのは
主には②で、心理的・物理的な距離を
調整しつつ近くorすぐ出来る状態に
することが主体で、
③は少し協力出来るかも位、
①に関しては親の努力の影響はなく
時間しかない。

正直なところ、自分は
構造的な関わりが
あまり出来ている実感はない。
躾的な介入で上手くいった実感が
持てる分野も特にない。

そういう立場だからこそ言えるけれど、
発達障害の診断をされるような
生活の中での困りごとを抱える子でも
「本人の成長で
出来るようになることは多い」こと。

多分、障害のある子の親として
想像されるような
「○○の困りごとの原因は、
△△の力の不足だから、
■■法のアプローチで改善した」ことは
実際にはなくて、
「観察している範囲で弱そうな部分の
トレーニングを色々勉強して
一緒にやろうとしたけど、
本人の協力は得られないからやれていない」
「実際にやってみたけど、
そもそも苦手な事だから
本人流の変なやり方になってしまい
『鍛錬』ぽさはない」などばかり。

逆に意外なほど有効なのは、
「嫌そうだから、
とにかく生活の中で
そういう事をせずに済むようにした」とか、
「苦手そうなことをしないで済むような
道具を購入した」などの
消極的にも見える、
躾やトレーニングの対極にある介入。

面白さや感動がなく、
エピソードとして広がりにくいだろうけど、
我が家の現実はこんな感じで、
親の介入は「どう休ませるか?」
「どう嫌な思いをさせないか?」
「苦手な事をせずに
生活を成立させるには?」が中心で、
「何が原因でどう克服するか?」、
「苦手な能力をどう鍛えるか?」は
我が家の親子関係では
あまり役に立たないので考えていない。

 
 
 
 

 

経由購入ありがとうございます