フラワーモチーフジュエリーブランド

セレンディップジュエルの

天生目理香(Nabatame Rika)です。

 

久々のブログです。

忘れ去られてしまいそうですね。💦

日々、いろんな出来事がありながら、セレンも訪問看護ステーションも順調。

 

これからも、少しずつですがジュエリーと看護師のストーリーを綴っていきたいと思っています。

今落ち込んでいて出口が見えない人に読んでいただきたくて書き始めたパーソナルStoryです。

 

 

 

 

 ナースが歩むジュエリーの道 ~透明な輝きを求めて~ 

⑤『この世の命が終わるとき』

 

 

 この世の命が終わるときは、どんな気持ちなんだろうか。

 医師からの説明を聞く限り、父に残された時間はそう長くはないと感じた。

 看護師として亡くなっていく患者さんを何人も見送ってきた経験から、その状況がありありと目に浮かんでしまった。

 父は誤嚥性肺炎で入院していた。ペースト状の食事やゼリーを何度かトライしてみたが、自分の唾液さえ誤嚥してしまう。腕から点滴を入れて命をつないでいた。

 命を維持するための水分や栄養を口から摂ることは難しい。だから、鼻から管を入れて栄養を流す。医師から説明を受けた兄は、それに同意したというのだ。

 そのことを後から電話で聞いた私は、気が付くと一方的に怒鳴っていた。

 「勝手に延命を希望しないでよ! それがどういう結果になるか知ってるの? 鼻から管入れて過ごすことが本人にとって良いことだと思うの?! 自分だったらそうされたいの? そこまでして生きたいと思うの?! 苦しませたいの?」

 あまりに大きな声を出したからか、咳き込んでしまい我に返った。

 一方的に怒ったものだから、兄に途中で電話を切られてしまった。少し時間が過ぎてから、「言い過ぎたかな」と冷静になり、母に電話した。

 「まだ意識もあるのだから、何もしないで死なせるんじゃ可哀そうだ」。兄はそう言っていたという。

 


 


 そうだよね。

 医療関係の仕事をしていない人には、医師からの説明を聞いただけで詳しい状況や今後どうなるかまでわかるはずがない。

 もし自分が年老いて、口からは何も食べられなくなり、鼻から管を入れて栄養を流し込まれたらどんな気持ちだろうか。

 多分寝たきりの状態で、一日オムツを着けていて。誰ともコミュニケーションも取れなくて…。定期的に看護師に栄養を流してもらい、オムツを変えてもらい、体の向きを変えてもらい…。

 自分だったら希望するのだろうか。

 鼻に管が入っていると、意識のある大抵の患者さんはそれが不快だから、自らの手で抜こうとする。でも、医療の現場ではそれは命をつなぐ生命線だからと考え、抜かれないように手を縛ったり、ミトンといってドラえもんみたいな手袋をつけたりする。
 もちろん家族の同意を得て。

 24時間交代で対応にあたる医師や看護師は、この延命治療と患者さんをどんな気持ちで、どんな目で見ているのだろうか。

 何も感じていない人もいるかもしれないし、可哀そうだな、苦しむ時間が増えて…と思っている人もいるかもしれない。

 私は可哀そうだと思うことがあった。

 


 


 鼻から管を入れてただ生きなくてはならない患者さんのことを、ずっとずっと前から可哀そうだと思って見てきた。

 もちろん鼻から管を入れて生きるすべての患者さんが可哀そうなわけではない。年齢やその方の既往歴、疾患などを総合的に考えたときに、その治療が必要な患者さんもいる。
 けれど、大抵の患者さんに対して「可哀そうだ…」という気持ちを持っていたような気がする。

 自分だったら望まない。

 じゃあ、親だったら望むのかな?

 子供だったら望むのかな?

 わからない。

 もう少し生きられる人の命を「もういいです」なんて簡単に言えない。

 残り少ない父の命と向き合い、考えた。

 人生の最期や見取りのあり方について。

 医療者ではなく、家族として。

 私たち家族は結局のところ延命治療には同意せず、コロナ禍の中、一人病院で闘病した父を見送った。

 

 

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