フラワーモチーフジュエリーブランド

セレンディップジュエルの

天生目理香(Nabatame Rika)です。

 

 

このブログは、今落ち込んでいて、

出口が見えない人に読んでいただきたくて

書き始めたパーソナルStoryですが

出口が見えている人も読んでくださっていて嬉しいです。

 

 

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ジュエリーデザインスクール④(40歳どん底Ns.がジュエリーで輝く2620日 ㉓)

 

 

 
 最初は線一本引くことだって上手にできなかった。
 
 
 定規を使っていても、とにかく微細すぎて正確に書くことが難しい。1ミリ以下の線なんて描いたことがなかった。
 
 ジュエリーのデザイン画を描くには、細かな線や着彩の技術が必要になる。基本的なことから教えてもらい、練習を繰り返した。
 
 スクールに通い始めて数カ月が過ぎていた。慣れないことばかりで大変だったけれど、個人レッスンだったのでどうにか続いていた。
 
 寒かった那須の冬がようやく終わり、風が爽やかな季節になっていた。
 表参道に通いながら、「どうしたらジュエリーブランドを作ることができるのだろうか」と考えていた。
 
 どんなコンセプトで、どんな商品をどんなふうに売ればいいのだろう。
 
 宝石は手元にあるから、まずはオーダーメイドのジュエリーから始めようか。
 
 非加熱の宝石って、結構貴重なものなんじゃないかな?…。
 
 こんなことを考えながら、日々を過ごしていた。
 
 オーダーメイドとなると、デザイナーが必要になる。スクールの先生に、恐る恐る聞いてみた。
 
 「オーダーメイドジュエリーから始めてみたいと思うのですが、先生にデザインをお願いできますか?」
 
 「はい、いいですよ」
 
 あっさりOKの返事をいただいた。
 これでオーダーメイドジュエリーが始められる!
 
 でも、どうやって始めたらいいのか。
 
 ブランドイメージや商品をお客様に見せるためのパンフレットとかホームページも必要になるだろう。
 
 ホームページを今作っても、まだ書くことはそんなにない。けれど、将来的には絶対に必要になる。まずは作って、その中でブログを書き始めてみようか…と考えていた。
 
 そんな時、知人を通して知り合った方から、ホームページを作ってあげると言われた。 「うまく作ってあげるから…」と。
 
 「わぁ、嬉しい!」そう思って言われるがままに、まずは代金を支払った。
 
 どんなホームページができるのだろう。ワクワクして待っていた。
 すごく夢見ていた。
 
 数日後、まだ作りかけだったそのページを見て、がく然とした。
 
 黒い文字に時折混じる赤色の文字。 
 
 書かれていた文章を読んで思った。
 まるで「買いなさい」と迫っているようだと。
 
 誰にも見られたくないと思った。
 
 慌てて修正をお願いした。でもそれは、修正しようもないくらいに私のイメージとは違っていた。
 
 何度も修正箇所を伝え、2週間ほどやりとりを続けた。伝わらないから、かなりはっきり言った。激しい言い合いを何度もした。それでも遠いままだった。
 
 私は、ようやく気が付いた。私の心の中にあるイメージと、その方の心の中にあるイメージがかけ離れていることに。
 
 同じ「絵」を描けていないのだから、何度言葉を重ねても交わることはない。
 
 すっかり疲れて、気力もなくなってしまった。
 「このお話はなかったことにしてください」
 そう言ってホームページの依頼を取り消した。
 
 話をしている時は通じているように思えても、画像にして表現した時に、はっきりと違いがでることを初めて知った。
 同じような価値観で生きているように感じても、それぞれの人に見えている世界は全然違うものなのだと初めて分かった。
 
 「何かを表現する」
 それは経験したことがないことだった。
 
 長い間看護師をしていたせいか、主に患者さんを中心に考えたり動いたりする習慣がついていて、自ら表現することなど考えたこともなかった。
 むしろ、それとは対極に、自分の存在が患者さんの療養の邪魔にならないよう、そっと寄り添える存在でありたいと考えてきた。
 
 自分を表現することは難しい。他者と共有することはもっと難しい…。
 
 ホームページ制作の件は、ちょっと痛い経験ではあったが、良い勉強になった。
 
 けれども、その後、何度も同じような経験をすることになった。
 
 わからないこと、知らないこと、経験のないことばかりでたくさんの失敗と挫折を繰り返した。そんな自分が嫌になりながらも、それでも前向きに進んだ。
 
 通い続けたジュエリーデザインスクールでのカリキュラムは終わりが近づいていた。