ちいさなしあわせ -18ページ目

ちいさなしあわせ

チャン・グンソク
グンちゃんのうなぎです
(人´∀`*)

20161230
あまりの
自分の不出来さに
情けなくなり
介護日記を中止している間
二度目の入院をして
2ヶ月がたちました

20161114
ばあばが2度目の入院

早朝高熱で
呼び掛けにも応えず

救急車を呼び
救急室からICU へ

酸素10リットル

誤嚥性肺炎

死にかけたばあばですが
いまは
酸素2リットル
吸引8回以上

また下痢になってしまい
時間で経菅栄養を
ゆっくり落としています

床ずれは病院の
規則的な時間での
体位交換のおかげで
よくなりました

入院1ヶ月の時点で
体は硬直化してしまい
両手も内側に固まって
左足も曲がったまま
固まってしまいました

まっすぐに
しようとすると
ひどく痛がります

この先は
医療行為ができる
療養型病院へ転院です

家に帰ることは
無理な状態になりました

医療行為がなくなっても
私が倒れちゃうから
私にばあばを
自宅で看ろとは言わないと
だんなさま(`Δ´)は
言ってくれました

今年5月に
要介護2の判定を受けましたが
先日区分変更の
訪問調査の結果要介護5に。

介護保険を
5月から使いはじめて間もないのに

これからは
介護保険から
医療保険扱いになります

本人は
お口が達者になり
看護師さんに
家に電話をかけるよう
しつこいらしく

ほとんど毎日
面会に行ってるのに
病院から何度か
⬆で電話かかってくるので

よほど
あしらえれないほど
ばあばしつこいかと🌀

まだ次の療養型病院は
決まっていませんが
見学は行ってきたので
あとは
だんなさま(`Δ´)の判断に。

療養型病院は
費用も高額医療区分2・3で
市内は15万から17万(オムツ込み)

もし状態がよくなり
医療行為がなくなったら
17万から20万(オムツ込み)

ばあばの年金が75000円ですから
月に75000円から
95000円お足し(*_*)
年間にするとびっくりな金額

ばあばが
どこまでがんばれるか
わからないけど

私たちが元気でいれば
ばあばのことは
なんとかなる
これは私たちの「責任」だから

ばあばが
入院して1ヶ月半
勤務後と出勤前に
面会にちょっとお疲れに
なってきた
だんなさま(`Δ´)とわたし

同居生活だったので
私の生活のリズムが
ちょっと狂ってしまったかな

だんなさま(`Δ´)との
間にいたばあばが入院になり
一緒にいる時間が増え
会話も増えて
26年の空白を取り戻せるか
わかりませんが

だんなさま(`Δ´)は
わたしと話しては
会話が噛み合わないので
よく笑っています

仕事ではできるのに
家庭ではうまくいかなくて
わたし本当に辛かった

自宅に戻れない
ばあばを思うと
もっといろいろ
やってあげればよかったと
自分を責めたりしましたが

看護師長さんが
チルちゃんは
実の子供以上に
やってあげたとおもうよと
慰めてくれました

わたしは書くことで
自分の気持ちを整理できました
介護日記が
わたしを
助けてくれて
ありがとうございました

*沢山の私のきもち*

2016年は介護に
奔走した1年になりました

老人は本当に急降下
しちゃうんだなと実感しました

ばあばは
だんなさま(`Δ´)の
会社に死んでしまうと
電話かけまくり

週に3回は救急通いに
振り回され

ばあばのご飯に悩み
体重減少に悩み
いろいろなこと
ここまでこれたのも
介護日記のおかげでした

だんなさま(`Δ´)がね
入院が役職降りてからで
本当に良かったってポツリ。

まだまだ
働かなきゃいけない私たち

ばあばのことで
おやすみもらってばかりで
だんなさま(`Δ´)も
わたしも職場には
肩身が狭いけど

療養型病院が決まれば
ちょっとほっとできます

ばあばがどこまで
がんばれるのかは
だれにもわからないけど

支えていく
だんなさま(`Δ´)と
私が倒れちゃったら
いけないからと思いますが
入院中は毎日面会に。

当の本人
ばあばはさびしい
家に電話してを連発して
看護師さんを困らせて
電話かけさせちゃう
相変わらずの困ったちゃんです

人のおわりかたは
誰もわかりませんが

ばあばを看とることは
わたしたちの責任なので
二人でちゃんとしていこうと
思っています

家庭では
うまくできなくて
本当に沢山悩んじゃった

死にそうに
なったばあばを見て
回復しても
自宅に戻れないと思うと
もっとなにか
できたんじゃないかって
面会に行くたび
自己嫌悪だった

でも
仕事しながらだったから
限界はあったんだよね

病棟助手として
介護は経験していても
家庭となると終わりがなくて
いつも
逃げたくなっちゃってた

そんな気持ち
もっていたことが
もう家に帰れなくなった
ばあばに申し訳ないと
面会に行くたびに
泣けて泣けて仕方なかったよ

だんなさま(`Δ´)も
いつまで
がんばれるかわからんけどと
市内より少し安くて遠い
ばあばの出身地の病院か
近くて高い地元か
病院の選択を悩んでます

元気で年老いて
バタっと逝かなきゃ
子供たちに
迷惑かけちゃうと
老後を考えるようになりました

トイレの手すりも
着けたばかりだったのにと
トイレに入るたびに。

わたしは
ずっと弱音ばかりだった

ばあばは
10/31に
転んだ日を界に
更に急降下しました…

介護ベット
借りたのが3月で

1年満たない前に
返却になるなんて
こんな急降下に
びっくりな年末を迎えています

濃くて短かった
自宅での介護生活でした

老いるって
きれいでも美しくもなく
人間の全てが出てしまうね

今回のこと
自宅介護
実際身にふりかかり
本当に勉強になりました

時は止まることは
ないから
順番はやってきた時
子供たちに
迷惑かからぬよう
終われたらいいな

いまは
毎朝おかゆを
煮なくてもよくなって
ばあばのご飯の支度も
薬の管理も
オムツ交換も
オムツのゴミ出しも
ないのに
時間に追われて
モーニングさえ行けない

出勤前に面会に
行くんだけど
10時半に家を出て
浜松の東から西の往復
そのまま出勤なので

入院が長くなって
仕事も忙しいし
ちょっとこの生活に
お疲れちゃんです

ばあばの療養先が
決まるまで
動きやすいように
ずっと遅番に
してもらってるので
帰り遅い朝早い生活

疲れてるのに
なかなか眠れない(*_*)
きっと
リズムが狂ってまつね

本当に
わたし助手席でさえ
乗ったことなかったし
だんなさま(`Δ´)と
出かけるなんて
26年ほとんどなかったけど

一緒に過ごす時間が
増えたのは
ばあばには悪いけど
家族としてよかったかな

わたしより
だんなさま(`Δ´)が
私と一緒にいて
よく笑うようになりました

いままで
だんなさまと家庭内で
一緒に居なかったから
私の天然ボケに
びっくりしてるw

長くなると
やっぱり家族は
疲れてきちゃうね

療養型病院に
転院したら
わたしたちも仕事で
疲れてるから
週末の面会にしようかと
だんなさま(`Δ´)は言ってたけど。

短く濃い仕事しながら
自宅での介護生活だったけど

ショートステイを
利用したりして
ちょうど慣れてきた
ところだったのに
明日のことは
わからないものだね

もっと優しくして
あげればよかったって
思っちゃうことがあるよ

いまは現実を受け止めて
決めなきゃいけないこと
優先に動こうとおもいます

容体は
下痢をしてるくらいで
安定してるので安心だけど

下痢=栄養吸収しない

看護師さんの
お仕事の邪魔になるから
ばあば
お口チャックして
ほしい(-_-)笑

病院の管理された入院生活で
床ずれも体重減少も
考えてもらえるから
私もほっとしています

だんなさま(`Δ´)は
ばあば中心て
わたしと
一緒に居なさすぎた
同居26年だったね

人間って
こんなに
短期間で寝たきりに
なってしまうなんてだよ

同居26年のばあばが
居ないんだもん
楽になったとかじゃなく
私のリズムも狂う

ばあばを
疎ましく思ったのも事実で
逃げたく
なっちゃったのも
本当の気持ち

またまだ
人として修行が足らないな

まさかばあばが
自宅に戻れない状態に
なるとは思わなかった

本人は
未だに事実を知らず
帰れると思ってるのが
悲しいけど

だんだんできることが
少なくなっていった
ばあばを目の辺りにしてたのに
優しくなれない日も沢山あった

自分の嫌な面も
沢山見ちゃったよ
チルちゃんドロドロ

20163月
仕事から帰宅したら
座椅子に座ったまま
立てなくて

お漏らししたまま
1日を過ごしていたことが
介護ベットを
借りるきっかけになり

介護保険申請を
したのが始り

まだ1年にもならないのに
寝たきりになってしまった
介護日記読み返すと
本当にきれいごとでは
なかった

自宅にいた
最後の2日間は
だんなさま(`Δ´)も
ウンチデビューして
二人でばあばを全介助したことは
よかったと思う

ウンチデビューによって
だんなさま(`Δ´)も
介護の大変さを知ってくれた

昨年の
短い期間での急降下は
わたしも
ついていくのが
やっとだったよ

まだまだ
わからない
ことだらけのまま
自宅介護をスタートしたっけ

介護保険使っても
お金はかかるし
介護度が高いひとは
安くなるじゃないとか
知らないこともも沢山でした

ばあばが再入院して
もう2ヶ月半
介護がなくなり
楽になったはずなのに

うまく時間が使えないです
26年の緊張の糸が
切れたみたいなへんな感じです

自由なのに
モーニングすら行けない