一九.経文を誦むこと多しと雖も、此を行わざる放逸の人は、
他人の牛を数うる牧者の如く、宗教家の列に入らず。
二〇.経文を誦むこと少なしと雖も、法を遵行し、
貪瞋痴を棄て、知識正常に、心全く解脱し、
此世他世ともに執着ことなき、彼は宗教家の列に入る。
「医者の不養生」「論語読みの論語知らず」など、
様々な言葉で言い表されることでありますが、
知識は知っているだけでは意味が無く、
実践しなければ役に立たない物であります。
陽明学で言うところの「知行合一」(『伝習録』上)も、
その精神でありましょう。
一方で、知らないけれども行いは優れている人もいます。
下段の言葉を現代語訳すれば、
「むさぼり、怒り、自分の愚かさに囚われず、
善悪の分別があり、心が穏やかで、必要以上に物事に拘らない」
そういう人に私はなりたい…
日々の生活の中ですべて実践するのは難しいですが、
時には自分を振り返りたい、
と言うのが、このブログを始めたきっかけの一つであります。
「第一部 雙敍の部」の最後に、
改めて初心を思い出させられた記述でありました。