BRICsにASEANに南米諸国は経済的には成長しているはずなのに、
先進国への移民はつきない。
冷戦後の世界的な経済協力が冷戦時代の敵対勢力を復活させ、
彼らは民主的になるわけでもなく、圧制や行政コントロールは強まり、
自由や富と恒久的に無縁な人々は移民を望むが、
どこの先進国も他の移民で押し合い圧し合いしていて、とてもじゃないが移民はうまくいかない。
欧米的な民主主義が生きているのはやっぱり欧米社会であって、
他の国々ではたいして生きるようなものではないのだろうか。
日本の民主主義とかいうものは、せいぜいカンニングペーパーを盗み見ながら書いたか、
アメリカに試験対策バッチリの答案集を用意してもらったか、まあそんなものである。
日本人が根本的に民主的な態度や意識を持たない限り、憲法書などは鈍重な紙くずでしかない。
それでも明治維新からの成果で特定の国々よりはずっと開明的ではあるようだ。
大江的な戦後民主主義などは平和憲法の絶対肯定により、それ以上の進歩を失った状態であり、
神道やあるいは日本人の美観、美徳を反映させるのかはしらないが、
日本人民主主義の希求を途絶せしめている。
だいいち民主主義の原則が永久に変わらないのはわかるが、
九条などが永久であるなどは下らない価値観だ。
もう半世紀も過ぎてアメリカを責めても意味のない話だ。
自分がかかわったにも関わらずアメリカがそれをとんと忘れ無知になっているなら、
そのことを話さなくてはならないが。
そもそも戦争放棄は民主主義の原則にちっともも引っかからないし、
永久的に護るべきものでもなんでもないのだ。
戦争の遂行に対して様々な民主的国際条約が存在するが、戦争そのものを禁止している条約などない。
あったとしても時代ごとの政権により、ある状況下で無視されるか破棄されてきた。
法律や条約などというものは現実の人間にとってかわって主体になれるようなものではなく、
現実の人間が主体となりそれを認めているからこそ、法律や条約に正しく効力が発生するのだ。
九条肯定の価値観もある特定的な政権の戦争や戦闘行為に目を瞑る時点で、しょうもないものだ。
左右それぞれのごひいきの国家を、お互いがけなしあうのが普通だが、
相互的にどちらもたいして優位にたってもいない状況で、
九条の肯定や左派ごひいきの国家の悪しき点を無視して、
左派が自己の正当性や優位性を主張しても、それは口先だけの虚勢にしかすぎない。
戦後民主主義は九条絶対肯定のおかげで、日本人の民主的な安全要求を保障できずにいる。
悲しいことにそれにとってかわる日本人の民主的な意識改革や原則尊重などありそうもない。
よって欧米産の直輸入民主主義で我慢しておくほかなさそうだ。