ルーシー・ブラックマン殺害事件、先日公判開始 | 空気の意見 

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ルーシーの陰に消える外国人被害者たち
海外記事

 「・・・連続婦女暴行殺人犯で在日の織原城ニ(金聖鐘)の犠牲者となったルーシー・ブラックマンさん」
3月に葬儀が行なわれ、先日公判が始まった。どうやら日本では全く記事にはならなかったようだ。
異様な噂、過激SMグループ、レイプや殺人を収めたスナッフビデオ・・・、
犯人のバブルでできた負債20億以上を現金ですぐ払う彼の実家。
この事件で浮かび上がったのは、
「閉鎖的な警察から情報を引き出す筈の記者クラブ自体の閉鎖性」
「不法就労でホステスをしていたのだから自己責任?」
「在日、暴力団と関わりがある織原」
「マスコミの著しい自己報道規制、都合の悪い事件は封殺するという方向性」
「消える滞在外国人への無関心」
錯綜する情報のなかで、興味をもったのは、すでに死んだ人間に問われる「自己責任」だ。
この事件は色々な人によって詳しくまとめられているので別の話をしたいと思います。
↓からは別段読まなくてもいい文になってしまいました。
 事件に興味のあるかたは上記引用リンクさまの方を読まれてください。
 それでも読むって方は読んでみてください(゜Д゜;)

・自己責任とは?
僕が興味があったのは自己責任という言葉だ。行為の結果による損失や制裁を一身に負うこと。
日本人は情状酌量、「つまり犯罪を犯すに至った事情の同情すべき点を考慮して刑罰を軽くすること」
を認めている。
しかし、その分の反動かどうかしらないが「お前が片足を突っ込んだからいけないのだ」
と追及されることがある。

例えば、こんな想像をしてみましょう。
ある成人女性が誰かに嘘や甘い言葉で騙されたとします。
すっかり騙された彼女は見知らぬ土地に初めて足を踏み入れ、
「良い仕事がある」と、さらに誘われ少し戸惑いましたが「事務所だけでも見に来ない?」と
誘いを断りきれず乗用車で現場まで行くことになりました。
そして、彼女は二度と戻りませんでした。

彼女を知る人間達は話をしました。
「彼女と一緒にいた人間が、人買いだと言われているのを、この前知ったよ」
「いや、それより悪い。 人間を残虐に扱う集団に連れ去られたらしい」
「彼女がレイプされ、殺されるビデオが地下で流れているらしいじゃないか」
「まったく、馬鹿な話だよ。 大人がノコノコついて行くんだから」
「そうさ、彼女にも充分責任がある」
「話によると彼女にも悪いところがあったそうだよ」
「なるほど、自業自得ってやつかね」
このあと、彼女が生きて帰ってくるか、バラバラの死体で戻ってくるか、拉致被害者とされるか、
結末は分かりません。

ルーシー・ブラックマンさんは不法就労者でしたが、
結果的に殺されてしまうという結果を、彼女が犯した不法性等によって、
自己責任だと責任を問うことができるのでしょうか?
自己責任ということは「何について彼女は責任を取るべき」なのか明らかにしたいのですが、
「日本に来たこと」
「すぐ日本をでなかった」
「不法就労」
「ホステスとなった」
「危険を見極めれなかった」
「睡眠麻酔薬を不用意に飲んだ」
「襲われた」
「殺された」
この中のどれか1つなのか複数なのか、
程度は違ってもそれぞれについてある比重ずつ責任をとらなくてはならないのか?
それともまだ他にも項目があるのか?その項目のなかに責任をとるべき項目があるのか?
「このような結果になってしまったのにも、彼女にも責任がある」と彼女にたいして
「自己責任」を追及した場合、「このような結果」とは「殺害され、殺人されるに至った経過まで」?
もしそうなら、これはとんでもない暴論ではないでしょうか?
もしも、被害者が墓から蘇ることがあるならば激昂して抗議するでしょう。

「個人が他人の行為に責任を取る必要はないし、
大小なり罪を犯した人間が他者の不法行為で蹂躙された時に責められるべきか?」
「不法を行なった人間が、不法により被害を被っても合法だ」といえるか?
「罪を犯すと、他者によって行なわれた罪が、罪を犯した自己の自己責任性によって、
他者の罪を自己責任として責任をとりうるのか?」
「他者による罪を、ある個人が知ってか知らずか誘発した時に誘発者が被害を被った場合、
加害者の罪を誘発した罪を認められるのか?」
・・・・・・・・・・・・・・・。
そもそも「自己責任」というものはあるのでしょうか?あるとしたらどう存在するのか?
だいいち、殺害されてまで自己責任を追及するというのは感情論ではないでしょうか?
不法就労をすることやホステスになるということは、
殺害されてまで自己責任なるものを追及される程の行為なのでしょうか?
不法に殺されても自己責任を問われるとは、どう考えても行き過ぎた自己責任の追及でしょう。

「社会には便宜的に、罪を犯した事件それぞれに対して罰する適法が存在する」
彼女に自己責任があるという人は、法廷でこう主張すればよいのではないでしょうか?
「被害者は不法就労者であり、危険性を見極めれなかった一連の自己責任性があり、
 その自己責任性を考慮し、 また、不用意に呼び出され、
 飲み物に薬剤を忍ばされるという危険を予知できず、結果、殺害された。
 彼女の一連の行為は成人のとるべき行為としては未熟で、
 加害者の不穏なる願望をエスカレートさせてしまった一因であり、
 彼女の違法行為が加害者の犯罪を決意させる要因となり、
 その彼女の自己責任性により加害者の罪は減ぜられるべきであり、
 また、加害者は自身の経営に行き詰まり、精神的に追い詰められており、
 それらも加味して情状酌量の余地がある」
さらに、
「自動車を運転するからには事故にあう危険性が予想されるのは当然であり、
 一旦往来激しい道路にでたからには事故にあっても自己責任である」

「被害者の自動車には違法改造が行なわれており、
 基準を越えた違法改造により微細であろうが危険性が増すのは当然であり。
 今回、起きた事件も被害者の危険性の認識不足という自己責任性もあり、
 加害者を一方的に罰することは適当とは思われず、
 当時、飲酒行為により泥酔していた加害者の運転する10tトラックが、
 停止していた違法改造自家用車の後方より制限速度を越えて違法改造自家用車に追突してしまい、
 被害者家族が全員死亡する結果となったが、
 違法改造自家用車に乗っていたという違法行為により加害者だけを責めるのは妥当ではなく、
 危険性を増していた違法改造自家用車を利用していたという被害者側の自己責任性を認め、
 情状酌量すべきである」

自己責任を問う人達は、こんなことを言っているように僕には見えますが、
今日はおかしな話になってしまいましたねorz
読んでくれたかた有難う(゜Д゜;)