恐るべきトム・フォード。
その経歴をググるとグッチ、イブ・サンローランでデザイナー、クリエイティブディレクターとして活躍後、
自らのブランド会社を立ち上げ、活躍中。
個人的には007のダニエル・クレイグのスーツの印象が強い。
そして2009年に監督第一作の「シングルマン」でデビュー。
通常俳優や脚本家、撮影監督の監督など同業からの進出とは異なり、全くの畑違いの映画監督業は
別業種でのキャリアを借りた一発限りのお遊びで概ね失敗に終わることが多い。
我国の有名作家やミュージシャンの映画監督仕事の酷すぎる結果を見れば明らかだ。
確かに「シングルマン」も傑作であったけど、彼の映画監督としての才能とは直結しておらず、
所詮はビギナーズラック程度の認識だったがそれは甘かった。
映画好きのデザイナーが二足の草鞋を履いた趣味映画ではなかった。
映画監督トム・フォードは本物だった。
原作に魅せられ、自ら脚本を書き、演出に挑んだのが「ノクターナル・アニマルズ」だ。
その作風はヒッチコックやデヴィッド・リンチ、ブライアン・デパルマ、トビー・フーパー、コーエン兄弟
など数多の名監督の諸作品が脳裏によぎるが、オリジナリティはそれらに匹敵するクオリティだ。
結論のみを急ぐと本年度のベスト10入りは確実の超ド級の傑作サスペンス。
細部まで徹底してこだわり緻密に配された情報量は圧巻で、
一度の観賞では反復できない劇場鑑賞では動体視力が付いていけない。
繰り返しおかわりが必要な作品でもある。
三つのレイヤーがある。
例えば本を読む姿を想像すれば良い。
まずは第一層。
それは本を読んでいる自分自身の現実世界。
住んでいる家(部屋)があり、家族や友人、仕事仲間がおり、仕事や生活に追われ、日々を過ごしている。
自分を縛る環境に満たされている時もあれば、何か飢え、満たされていない時もあるだろう。
でも常に時間の流れが不可逆に進み、止まることなく延々と歩み続ける。
その世界で手に取ったのが一冊の本。
本の中には別世界の物語がある。
登場人物たちがあたかもそこが現実世界であるかのように振舞い、同様に日々を過ごす。
これが第二層。
第一層にいる人物が第二層の人物の心情や行動とシンクロして、物語という海を渡っていると、
思いがけない第三層に飲み込まれることがある。
それは過去の記憶の断片だ。
記憶が物語とリンクしている時もあれば、全く無関係な時もある。
また記憶自体が本物であるか、脳内で無意識にねつ造されたものであるかも関係がない。
突如封印していた断片がまるでフラッシュバックのように蘇るのだ。
そんな経験は誰しも当たり前のこととして、一度ならずとも体験しているだろう。
映画を観ていて、暗闇で突然蘇る過去の記憶の断片も同様だ。
これはすぐれた物語が持つ根源的な力であり、
だからこそ人は現実に生きながらも、絵空事である物語を求めるのだ。
この特性をものの見事にひとつの物語として再構成してくれたのが「ノクターナル・アニマルズ」なのだ。
冒頭から全く意味不明な過剰に太った裸の女性の踊りでかましてくれる。
いったい何が始まるのか見当もつかないフルスロットルなツカミだ。
主人公であるスーザンは、現代アートのキュレター、バイヤーであり、
パーティ会場でのデモストレーションのひとつであることが直ぐに明らかにされる。
そこから第一層であるスーザンの生活が描写される。
ここからはシフトダウンして見るからに金のかかった豪邸に夫と住み、
家事や身の回りのことは使用人が行う恵まれた暮らしぶりを淡々と描写する。
その裏にある夫との冷え切った関係、事業の不調、浮気などが徐々に明らかになってくる。
虚飾の陰に隠された歪みが一番怖い。
そこに20年前に離婚した前夫から「ノクターナル・アニマルズ」という著作のゲラが送られてくる。
頁の冒頭には献辞としてスーザンの名がある。
彼女が本を読み始める。第二層の始まりだ。
物語が映像化されて、観客にも提示される。
物語はテキサスの砂漠の真ん中で起きたある家族(夫婦と娘)の受難が描かれる。
脳内で映像化された小説の物語を演じているのは
エイミー・アダムスとジェイク・ギレンホールという現実と同じ人物。
現実と物語が並行して語られるうちに、そこに第三層が侵食してくる。
別れた夫との過去の記憶だ。
三つの層がカットバックされながらも、微妙に繋がり共鳴しあい、他層へと侵食し始める。
テキサスの持つ底知れない不気味さは「悪魔のいけにえ」にも通じる怖さである。
リンチ的な陰惨な家族の結末はまるで残酷さを売りにした現代アートのようにも見える。
第三層の回想シーンでの描写も容赦ない。
駆け落ち紛いに結婚しながらも、僅か1年程度で愛していると唱えながらも、
生活力のない作家志望の夫を捨て去り、財力のある現在の夫へと乗り換える。
同じことを繰り返す似た者同士である母と娘の歪な関係性も痛い。
物語と現実、過去と現在の巧みな交錯から一瞬たりとも画面から目が離せない。
第一層である現実でのラストの付き放ち方は見事。
そういえば、第二層と第三層に登場する元夫は第一層には一度も姿を見せない。
メールと小包みのメッセージのみという描写。
実際のことろ元夫が実在しているのかすら疑ってしまうそっけない描き方だ。
そもそも著書を一方的に送り付けてくる意図すら不明。
過去への復讐なのか、歪んだ愛情なのかも明言せずに、全てを観客に委ねる。
本当に見事に書き込まれた脚本だ。
また本業である衣装はもちろん、小道具や美術、撮影と音楽など
細部にわたって気配りされ、情報量は圧倒的であり、全てが繋がり、隠された隠喩や主題の
深読みを強いるが同時に、初見では動体視力と情報処理が追い付かず、
やはりこれは反復観賞するしかない。仕方がないので、劇場でのおかわり決定!
偏愛度合★★★★★