巨匠ポール・シュレイダーによる意味不明なリンチごっこ。
厳密にいえばデヴィッド・リンチ直系のニコラス・ウィンディング・レフンごっこだ。
自分くらいの世代のボンクラ映画ファンならシュレイダーには世話になりっぱなしである。
脚本作ならば「タクシー・ドライバー」から「レイジング・ブル」「愛のメモリー」「ローリング・サンダー」、
監督作なら「アメリカン・ジゴロ」「キャット・ピープル」など、どれ程に自分らを酔わせてくれたことか。
そんな彼が何故今更、映画オタクの初監督作ではあるまいし、レフン模倣品なのだと思っていたら、
同じニコラス・ケイジ主演でレフンが製作総指揮を務めた監督・脚本の2014年制作の前作
「ラスト・リベンジ」という代物があった。あゝ完全に忘れていたぞ。
その流れでエドワード・バンカーの原作を基にしながらもマシュー・ワイルダーなる人物に
レフン風の脚本を書かせて撮ったことは十分に想定内だろうか。
予想通り、刑務所帰りの主人公が古い仲間を再起を賭けて報酬のデカい仕事に手を出すという
いったい何百本と似たような作品を体験したのかというくらいに既視感いっぱいの設定ながら、
物語はすぐに脇道へと逸脱し始めて、意味不明なカットの連続で
肝心の仕事はいったいどこ吹く風かというの破綻ノワールが展開される。当然オチもテキトー。
そもそもプロのはずが、計画自体の細部の詰めはなく、
その場限りのやっつけテキトー仕事で、整合性や伏線なんてものはありゃしない。
一体いつ頃からニコラス・ケイジはニコラス・ケイジというジャンエル俳優と化したのだろうか。
名門コッポラ・ファミリーの一員であり、ちゃんとしたアル中演技もオフビートなコメディもできる俳優
だったはずが、昨今はスクリーンに映るだけで色物扱いの失笑しかない怪優と化してしまった。
薄くなった頭髪(時々カツラ)に長い手に極端ないかり肩に猫背というバランスの欠けた体型で
眉をしかめてモソモソと喋る演技は、何を演じてもニコラス・ケイジにしか見えないのだ。
今回も同様。
ノワール映画というより、ニコラス・ケイジ映画という特殊ジャンル映画に成り下がっている。
仲間への寡黙を守り、長い刑務所暮らしから解放された割には、無計画な悪行を繰り返す。
本人はシブい仁義のある男の演技のつもりだろうけどギャグにしか見えず、始終失笑しかない。
その相方は薬まみれで過ぎに銃をぶっ放す狂人ウイレム・デフォー。
この人っていつもそんな狂った役柄ばかりだから、こちらは目新しくはないけど。
途中からは債権者の赤ん坊の誘拐という主軸となるプロットを無視して、
執拗なまでにセックスに暴力、ドラッグ酩酊描写を繰り返す。
観客もいちいち整合性や筋を追うのを諦めてしまう。
リンチ作品で既視感のある真夜中のハイウエイの路面を延々と追う。でも意味はない。
レフン作品特有の赤などドキツイ原色画面を展開する。これも意味はない。
どちらもスタイルとして真似したかっただけに見える。
監督自身も劇中で「ギリシャ人」という異名の暗黒組織の情報屋を嬉々と演じている。
ああ、やっちまったね、ポール・シュレイダー。
往年の巨匠が十分に楽しんでいるのはうかがえるけど、作品は然程楽しくはないけど。
偏愛度合★★★