先日の「サーミの血」と同様に安易にコメントできない作品だ。
もちろんアメリカ映画が得意とする物語のわかりやすい起承転結と娯楽性、
キャラクター描写などを存分に楽しめる好きなタイプの映画だ。
でも隠されたテーマや細部は単なる昔話ではなく、現在進行形の課題であり、相当根深く、
安易に意識高い人を気取り、上から目線で言及すると痛い目にあう重責を伴う。
二種類の差別が存在する。
一つは意識的な表層化している、見て、聞いて明らかな差別意識。
ネットを散策すれば、飛び交う特定の属性への罵詈雑言からも明らかだろう。
明らかな悪意があり、はっきりしている分、否定的な対処や距離を置くことが可能である。
もう一つは無意識な差別意識。
発言、行動している本人が差別だとは気が付いておらず、
その対象となる人の心のみに、差別として感じられる無意識な言動がある。
こればかりは、常に自戒を課さねばならない。
人は無意識をコントロールできない。
時として言葉や行動派は常に独り歩きし、受け取り側の感覚次第で暴走し、制御不能となるのだ。
そうなのだ。
本当に危険なのは後者であり、当人が無意識なだけに性質が悪い。
この映画の優れたところは、この二つの差別意識をちゃんと客観的に描いていること。
物語の視線は、NASAの宇宙計画に携わる三人の黒人科学者に置き、
ちょうど公民権運動の時代と重なるが無暗に人権運動(抵抗)として訴えるのではなく、
彼女たちを取り巻く職場環境、同僚や上司との関係性といった現実を通して知らしめる。
三人はGifted(才能に選ばれ者)たちだ。
幼少より数学の天才と称されたり、エンジニアとしての天賦の才を有する。
国家事業を担うNASAという組織でさえ、白人至上主義、男権主義が蔓延り、
女性であること、黒人であるこという二重差別を強いられる。
最近、PC的には「アフリカン・アメリカン」という呼称が正確なのだろうけど、ここではあえて黒人と表記。
目に見える差別は、物理的な人種隔離。
有色人種用のトイレが離れた別場所にあったり、珈琲のメーカーの白黒分離など。
でもそれ以上に登場する白人エリートたちが揃いも揃って、
意識的かつ無意識な差別意識を抱えた者ばかりなのだ。
多少作劇上の図式化する誇張表現もあるだろうが、本当にクズばっかり。
自分がクズであることにすら自覚していないクズどもである。
三人と共に働く黒人女性たちは孤立無援の施設の隅に追いやられ、隔離されている。
冷戦真っただ中なので、宇宙計画がロシアに先行され、焦りを感じ、
やがて国家の威信を賭けて、手段を択ばない策へと走る。
そこで三人が主要ポストへの異動となり、
段々とその本来の実力を発揮して、件のクズどもを唸られせる。
こう書くと、勧善懲悪な展開を想像するかも知れないが、あくまでもリアリティラインを守った、
地道な努力を繰り返し、小さな一歩を積み重ねる困難な道程だ。
三人のそれぞれのエピソードが秀逸だ。
天才数学者のキャサリンは最初、何故黒人なのに?何故女性なのに?と周囲に訝せながらも、
その才能で周囲を驚かせ、着々とポジションを築いていく。
ロケット発射の合否に対してパイロットが「あの切れ者の彼女がOKなら、俺はいつでも飛ぶ」
と応えるシーンはちょっと泣かせる。多分彼が軍人だからだろう。
軍隊では同じ部隊に属した者同士は肌の色よりも、戦場という死線を越えるにあたり、
お互いを守るバディとなり、そこでは背後を守る仲間を信じるしかないのだ。
実質現場を仕切っていながら、昇格を拒まれるドロシーに対して、金髪白人の管理官が言う。
「偏見はないのよ」
「ええ、知っています。そう思い込んでいることは」
という対話には拍手喝さい。やがて彼女も言葉を越えて管理職となる。
キルスティン・ダンストが無自覚な差別主義者を嫌味な感じで上手く演じる。
もうひとりのメアリーもまた資格獲得の条件となる白人限定宇学校への入学(拒否するための方策)
のために、裁判所へ直訴し、最後には勝ち取る。このエピソードも泣かせる。
ケヴィン・コスナー演じる白人の上級管理官が有色人種の専用トイレの現状を知り、人種隔離の
仕切りとなるサインを斧で破壊するシーンは一見美談としての見せ場のようだが、実は根深い。
彼自身目的のためには手段も人種を択ばない徹底した合理主義者であるけれど、
同時に職場に差別が存在すると言う事実をキャサリンから指摘されるまで気が付かないという
一番性質の悪い無自覚な者なのだ。だから単なる美談ではない。
現在にも通じる何かから目を背ける、眼中にないという根深い問題を示す。
そして何よりもこの映画は実話を元にした物語が過去の黒歴史として、
現在は差別が消え、社会全体が変わったわけではなく、
現在に至るまで紆余曲折の中、脈々と続いている問題であることを訴える。
幅広い娯楽性と思想やメッセージを絶妙に同居させ、興行的にも大ヒットさせるアメリカ映画の底力だ。
偏愛度合★★★★★