最近は、空愛ジョイさんなど知己のブロガーさんの紹介がきっかけで、

高木悠鼓さんの関連本?の『バーソロミュー2』を少し読みました。

以前読んだ時は(二年くらい前?)、線まで引いて読んだのに、メッセージが自分から遠すぎて現実味も全く感じない本でした。

それが久々に開いてみると、なんだかなじみのあるようなお話がすごく深く書いてある!という思いがしました。


そして、次に、一冊だけ持っている『クリエイティング・マネー』の導入部分を少し読んでみました。

その内容も何か以前より入ってくるような気がしました。


引き寄せの法則とか、マネゲとか、自分が人生の創造主的な本やメッセージに触れてきたのが、やっとちょっと後ろから効いてきたかも?と思いました。


なんかちょっとは認識が変化してる?と思えました。


今までは、
真我・空・いまここ・無などの情報を大事にするには、その前段階のアプローチに感じるものは回り道では?
と思ってしまったりして、

結局何も選べない、、身が入らない、
ってなってたと思うんですが、

(しかも次から次へと情報収集のループだけで、その実践や現実を生きることに手をつける気がしないできてましたが)


今思うと、それが僕の道で、と認めるのがベストです。

↑このあたりも、苫米地さんの本を読んで、ああそうだよなと思いました。


(選択に関しては。
何を選ぶかは、基本的には無理して決めようとしない方がいいだろうな、と思ってます。

しばらくは向き合うことが必要に感じることもあるかも知れないけど、
その時の出来事だけでなく、自分の身体の反応を感じていきたいです)



それで、先程Manaさんのブログを読みました。(ブログアップは十何時間か後に設定しました)


自分は「申し訳ない者」にすごくすごく当てはまるな~!ほとんどいつもやってしまってるような。。。と思いました。


(最近のManaさんのブログメッセージは、すっと入ってくるものが多いと思います。)



そちらを読んだ後、ふっと言葉が浮かんできました。



今回の記事は、その言葉を書こうと思って打ちはじめたわけです。

思い浮かんだときとはちょっと変わっちゃったかも知れないですが、載せます。











『自分にはこの世界がふさわしい!』
前回からの続きです。



思い出したんですが、以前にたしかエニアグラムで検索している内に、苫米地さんのブログにたまたまたどり着いたことがありました。

そこでは苫米地さんが世界エニアグラム学会?といったイベントに参加され、エニアグラム書籍の著者であるヘレン・パーマーさんと会ったが彼女はたしかに「空観」を理解している人だった、と書いてありました。

選択決定のプロセスの中で、それを思い出したことは、興味づけというか、力として働いていたように思います。


そうして読んだ本は、普段読んでいる本よりもずっと読みやすかったです。(他、コーチングの話も聞けました。)

脳の機能的な視点から、どうしたらイヤな気持ちを消せるかということについて書いてました。

遅読と自負してやまない僕がすぐに読めてしまった本でしたが、

今まで読んできてこのブログで名を挙げてきた本やメッセンジャーの方のメッセージと繋がるところがありました。



見えた共通点を挙げると、


・「まず好きでしょうがないことを見つける」ソース、バシャール、クリエイティング・マネーなどなど。

・「すべて肯定的に捉え直す」引き寄せの法則

・「過去の記憶やデータは参考にする必要はない」津留さん、Manaさん

・「叶うと嬉しいビジョンのみ設定、そうなっている感覚を今起こっているものとして味わう」津留さん、Manaさん、引き寄せの法則

・「自分のエフィカシーを高く持つ」マネゲ(プロセスで力を取り戻す)

・「リラックス、過去の記憶のストレスをゼロにするための知識」リアリティトランサーフィン(過剰ポテンシャルを無くす)

といったところです。



今まで気になり続けてきたメッセージの数々ですが、同時にそれらのメッセージの内容には、イマイチ現実味を感じられず、
すぐ実践とまでは全くいかない……といった、残念なところがありました。

例えると数学の問題がいつまでたっても解けないから提出できないし遊びにも行けない、みたいな?(例えイマイチ?)


それがバリバリ現実主義的な苫米地さんの本がきっかけで色々接点の足掛かりができたような感じがして、

それは僕にとっては予想外のところだったので、ある意味、棚からぼたもちな感じでした。





(川柳みたいな語呂のタイトルでしたね(^^*))
先日、苫米地さんの新しい著書を読みました。


苫米地さんの本は七~八年くらい前に読んだことがあったんですが、
どうも嵌まらずにきました。


自分を変えるために何か行動やパターンを今までの自分のとっていたものて変える方法よりも、
ありのままの自分(感情や思考やパターンを含めて)を認める方が自分にとっては自然で、

行動から変えて成功脳に、目標を設定し自分を変える、といった方法論は、

エニアグラムタイプ3的だな~自分には到底合わないな~と感じて、正直どうも苦手でした。

ですが、今回知人のアプローチがきっかけで、本を読むまでの流れになりました。

その決断するまでのプロセスは、僕にとってはちょっと思い切りがいったんですが、

この判断のプロセスで『ヒューマンデザイン』を使いました。

僕のデザインでの判断基準は、

『マニフェスティングジェネレーター』………仙骨・はらわた(ハラ/肚)の反応を感じ取って、「うん」なら行動してみる、行動してみて自分の中の反応を見て選択していく(途中変更や行動中止も可能)

と、

『感情センター』………行動の選択に関しては、できるだけ感情の浮き沈みがない時にするようにする

の二つで、

それに気をつけて動いてみました。


僕は直感センターの定義づけはないので、相手が直感センターの定義づけがある場合でも、
その影響を受けてすぐ返事をするようなことには待ったをかけた方がいいと思ってます。

直感の定義づけがある場合:がはじめのインスピレーションが判断の基準に有効

ない場合:はじめのインスピレーションではなく、他の選択基準に従う方がよい

と捉えてます。

『チャンスの神様は前髪しかない』は、直感センターの定義づけがある方向けの言葉だと思います。


(余談ですが、『ヒューマンデザイン』の著者チェタン・パーキン氏が『ヒューマンデザイン』の産みの親ラー氏と出会うまでの道程でOSHOとの出会いがあったと書かれてました)


デザインを念頭においたプロセスとしては、

知人からのメールでのアプローチ(持ち掛け)に対して、電話して、話して、自分の思考の動きや相手の反応に気づきながら、自分の中で選択が沸き起こってくるのを感じる、といった感じです。


そうしてプロセスを踏んだ後(プロセスについては割愛します)、
気がつくと苫米地さん新刊本?を読む流れにまでなりました。




後半へ、続く!