先日、夕食のカレーライス。



家族の作ったカレーのルーの味がいつになく美味しかった。



デミグラスソースが入ったハヤシライスを思わせるようなカレーライス。


どんな工夫を?とウチの「その日たまたま認定アイアンシェフ」に聞いてみたら



「市販のルーを三種類以上組み合わせただけ。」



外装がなくどこのルーかわからないものもあるそうで、また再現の機会にあやかれるかは謎。



とにかく美味しかった。
今しがた沸いてきて、そうそうこれこれ、と思った言葉。


『人を見て法を説け』。


何もそうできないのがわるいとかじゃなくって、その人のツボに「ずぱーん!」とハマるからこそ、そのメッセージが残るんだと思います。

すんごい真理とか優秀な人とか権威とかメソッドとか仕組みとか歴史とかが出来上がると、

あたかもそっちのが正しくて自分は間違ってんじゃないの?

とか、

受け入れられない自分はまだまだだ、とか、

自分をわるく扱ってしまいがちなところがありましたが、

客観的な気づきと自分に対する否定的なジャッジや感情反応とは別のもの。

後者はできればやらない方が自分を苦しめなくて済むなあ、と。



………この後も色々と書いてみましたが、書いてることはそうだと思うのに、あまりエネルギー的なものが「振り返り5・6」と同様の方向性だな……しかもさらに強いエネルギー……と思って文章を消しました。
今までは、ついそのエネルギーのまま発信してしまって、反動がきていたと思うので。

レナードさんやOSHOの伝えた「意識的に狂うことや抑圧してきて湧き起こる感情をまず外に出し切って解放しきる方法」については、どこかで引かれつつもありますが、

思い切り外に出す方法って、それをするのに条件を満たすような環境がなく、実行するまでの動機づけのエネルギーも起こってないので、

それよりも、微細な反応や感覚や結果を感じることをしているのが、今の自分のプロセスだと捕らえることにしてます。


どんな素晴らしいメソッドや教えよりも、それを受け取る自分にどう作用しているかに気づき自覚していることや、その一つ一つの実感が今は大切かなと思います。

奇跡のコース、浄化、真我、願望実現などなど、そのすべてが自分の中で整理されきったとはまだ言えないですが、
今は、そうした知識のジグソーパズルの隙間の部分をフォローした内容を発信してくださる方々の恩恵もあります。

般若心経的に例えると、真我が「空」で個人的自我意識が「色」なら、とりあえず意識を注ぐのはしばらくは「どちらかを選ぶ」のではなく「どちらも」の意識でいくのかも知れません。
(『神の使者』も気になりますけど、まだちょっと先かなあ?)

そのメッセージも受け取りつつ、今の自分から沸き起こるエネルギーに気づいていこうと思います。

とりあえずこんなところで。タイプ6についてはまた書くかも知れません。
続きです。




本当に自分軸がないままに混迷を窮めてきた僕ですが、

今は、「その時自分に合ったもの、自分に響くものでいいんだ」と、思います。

↑これは以前は必死のがんばりの中でなんとか縋り付こうと思ってきたメッセージでブログでも紹介してきましたが(特に『リ・メンバー』ザ・グループやOSHO、レナード・ジェイコブソンさん、など)

今回、ブログ上の人の反応をどこか気にしてしまう意識ではなく、僕のことに意識を保ちながら書いていて、

なんだかアピール的な意識に囚われずに書くことができたように思います。

…と書きつつ、そうなのかな?と自分に意識を戻してみたり。意識の方向性(矢印)・焦点(フォーカス)がどちらに向くかは、本当に気づくと変化したりしてますね。

ちゃんと構成を推敲して書いているわけではないですが、湧き起こることを気づきながら書いてる内にすら起こっていた「エネルギーの違いがもたらすもの」(「振り返り3」と「振り返り5・6」の違い)に気づけて、自分としてはよかったです。

現在の微細なことなので、少しでも自覚出来るときはまだ稀中の稀ですが。


そうそう、途中で話はそれましたが、また話を戻して。

抱えているエゴの影響の強さは苦しみの強さだけではなく、余裕のなさや視野の狭さにも影響を与えているんじゃないかと思いました。

余裕とリラックスとパフォーマンスは、関連性があるかと思います。


また、欠乏感はブラックホールのように吸い込む力になり、満足感はホワイトホールのように?(花が次々と咲くように、会場に拍手が広がるように)広がっていくんじゃないかと思いました。

欠乏感を裁くことなく気づいていき、いつでもどちらでも選んでいいんだ、自分を満足させなきなきゃだめだというカチコチの価値観じゃなくてもいいんだ、
という意識がニュートラルの観察意識なんだな、とようやく思いました。

ようやく、「自分を求めて他を探しても、結局見つかるのはここに納まる自分自身」といったことがちょっとだけわかるような気がしました。
(↑たしかリソさんのエニアグラムの書籍のタイプ6への助言で、そんなようなことが書いてあったかと)



さて。

書くエネルギーの流れをもう感じないので、ひとまずこれで終わります。(と書いてから上に書き足しましたが(笑))






ここまでお読み下さって、どうもありがとうございました(*^o^*)