my summer #014てちりさ
金庫の鍵を開け、中から出てきたのは白い女優帽。さらにその帽子の中に、ひまわりの種が入っていた。
「なんだ、宝物が入ってると思ったのに。」と友梨奈は残念そうにうなだれた。ところが、帽子をとる浦野さんの手は震えていた。友梨奈はそばに寄り添い、その手を握った。
「おじいさん大丈夫?どうしたの?」
「妻の帽子と、赤いひまわりの種。」
「え?赤いひまわりの種?」
「このひまわりの種は赤い花びらが特徴の品種で、ユウカちゃんが小学生の頃に遠足でどこからか持ってきたんだ。それをあの子が亡くなる歳まで毎年育てていた。燃えるように赤く、綺麗なひまわり畑だった。」
「赤いひまわり畑?じゃあ、私が見た血だらけのひまわり畑って。」
「6年前なら、私が育てていたものだ。あれが最後の年だった。」
おじいさんは、我が子のように愛していた友梨奈のお母さんが亡くなるまで、赤いひまわりを毎年育てていた。
「友梨奈ちゃんのお母さんは、私と妻の生きがいだったよ。必ず、毎年咲かせるんだと、どんな天気でも毎日あの丘へ2人で通った。ああ、思い出した。妻は花にも耳があるんだと、ビートルズのその歌を口ずさんでいた。今思えば、簡単な暗号だったね。」
「でもお母さんが死んだ後も、黄色いひまわりは育ててたんだよね?だったら、なんで赤色のひまわりを育てるのをやめたの?」
「花言葉が悲哀だったもんで、彼女が亡くなったあとは、どうしても気がすすまんかった。」
現に友梨奈は赤いひまわり畑を、血に染まったと比喩しているし、確かに赤は育てにくいかもしれない。
「そういえば、納屋が燃えたって言ってたね。」
「ああ、その時に赤いひまわりの種も一緒に燃えたよ。品種の名前がわからないから、もう2度と巡り合えんと思っとった。こんな形で、また手にするとは。」
「よかった、のかな?」
「もちろん、嬉しいよ。そうか、友梨奈ちゃんがユウカちゃんの子供か。優しいところが、そっくりだ。生まれてきてくれて、ありがとう。」
「なんで、おじいさんに感謝されるの?」
友梨奈はまた、難しいことを聞く。
浦野さんは帽子を机に置き、ソファーにゆっくりと腰を掛けた。
「それは、友梨奈ちゃんがお母さんの特効薬だったからさ。」
「私が薬?」
「そうさ。あの子は、体が弱い子だった。外に出るとすぐに熱が出てしまう。そんな子だった。だから、この家に来るときは、決まって学校の帰り。誰にも言わずに、内緒できていた。」
浦野さんは、友梨奈の知らないお母さんの思い出を懐かしそうに語った。
「家に帰れば夕飯があるはずなのに、それでも妻の料理が食べたいとご飯をねだってくれた。妻が亡くなってからは、時々ご飯を作ってくれた。ご飯といっても、卵焼きや野菜炒め程度だよ。それでも私にとっては御馳走だった。」
辛い話になるかもしれない。そう思ったのか友梨奈は、私の隣に座ると手をとって自分の膝に乗せた。
「20歳の時に好きな人ができて、その後結婚して、お腹に子供ができた。子供は難しいと言っていたからね。それを聞いたときは、泣くほど嬉しかった。」
「お腹の子供は私?」
「 そうだ、友梨奈ちゃんだよ。それから、お母さんは新居を見つけ引っ越しをした。そこで彼女とは連絡が途絶えてしまった。顔が見られないのは寂しかったがね、便りがないことは良いことだよ。私を忘れるほど、新しい生活を楽しんでいるということだからね。」
友梨奈は顔を伏せて、キュッと唇を噛んだ。
どうやら、浦野さんは友梨奈の障害も、それによる家族の苦労も知らないらしい。
「お母さんは亡くなる3年前。1度だけ、この家に訪れたことがあってな。その時に余命は、あと1年と聞かされた。」
ん?それはどういうことだ?
友梨奈も私の顔を覗き、頭を傾けた。きっと、私と同じところがひっかかったのだろう。
亡くなる3年前に余命が1年というのはおかしい。
友梨奈は自分が巻き起こした波乱のせいで、お母さんの治療が遅れたと私に話していた。
「こうして目の前にいる彼女が来年いないかもしれないなんて、信じられるか?私は何かの間違いだから、他の病院にも検査に行こうと提案した。しかし、彼女はセカンドオピニオンなんて、とっくに受けてると穏やかに笑ったんだ。」
「違う。」と、友梨奈は小さくつぶやきながらも、浦野さんの話を最後まで聞こうとしている。
「毎日、明日が不安だった。だがいつの間にか余命の時は過ぎていき、彼女は3回も冬を超え春を超え、赤いひまわり畑を見に来ることができた。」
「え?待って、違うよ!お母さんの病気は私のせいで早くに見つけられなかったんだよ。それに、私のせいでストレスが溜まって・・・」
「何の話だ?誰がそんなこと言った!そんなことあるわけがない!本来医者から宣告された数字よりも、あの子は長く生きたんだ。それに、彼女は私に言っていた。娘が、かわいくて仕方がない、私の宝物なんだと。そんな娘を置いて死にたくない。少しでも、そばにいたいから私は頑張るんだと、そう言ったんだ。そしたら、どうだ。彼女は、少しどころか2年も長く生きることができたじゃないか!」
浦野さんは、友梨奈を叱りつけるように声を荒げた。そして、一呼吸すると悲しそうに言った。
「それなのに、娘が自分を責めて生きているなんて、お母さんがあまりにかわいそうじゃないか。」
友梨奈は俯いて顔をあげようとしない。6年間、自分を責めて苦しんできた。それがまさか勘違いだったなんて。整理がつかないのだろうか。私が言える事ってなんだろう。
「友梨奈のお母さん、余命より長く生きてたんだ。誰かは、勘違いしてたみたいだけど。娘が生きるための特効薬だなんて、素敵な親子愛じゃん。」
「そんな、美談なんかじゃない。」
「ふふ。ホント頑固なんだから。私、お母さんの気持ちわかる気がする。友梨奈がいるから頑張れる。友梨奈のために頑張れる。少なくとも私は今、あなたが生き甲斐だから。」
「私もだよ。ユウカちゃんの娘に会えたら、お礼を言おうと思っていた。まさか、友梨奈ちゃんだったとは・・・。生まれてきてくれて、本当にありがとう。」
「友梨奈、ほら笑って。」
照れたように微笑んだ友梨奈は、「ありがとう。」と袖でゴシゴシっと目を少し擦りながら言った。
「ねぇ、おじいさん!赤いひまわりの種。せっかく奥さんが、とっておいてくれた種だよ。育てなきゃ。」
「そうだなあ。育ててやりたいもんだが、20年も時間が経っとるからなあ。寿命はとっくに過ぎてるだろう。もう少し早く見つけてあげたら。」
確かに、浦野さんの言う通り、花の種には寿命があるとされている。でも、今回の場合はどうだろうか。
「浦野さん、まだわかりませんよ。諦めるのは早いです。花の種の寿命は一般的にはありますが、それはあくまで目安。これだけ厳重に保管してあれば、咲く可能性はゼロじゃないです。」
「うーん。確かに、それもそうだ。来年、もしも咲いたら、友梨奈ちゃんたちは、また見にきてくれるかね?」
「もちろん!」
友梨奈は満面の笑顔で返すと、「ね?」と私の顔を覗いた。
「うん!」
金庫の鍵も開いて、友梨奈の心のしこりも取れたようだし、何より怪談話のタネがわかって私はホッとしている。
「いやあ、でも。理佐さんの推理には驚いた。まるで探偵映画のようだったよ。」
「いえいえ、奥さまの演出が粋でしたよ。それが無ければ、わかりませんでした。友梨奈が真っ赤なひまわり畑で会ったのは、オバケじゃなくて浦野さんの奥さんだったんでしょ?てことは、奥さんは友梨奈がユウカさんの子供って知ってたってことですよね?いやあ、なかなかトリッキーな方で。」
「いや、それはありえん。友梨奈ちゃんが見たのは6年前。妻はその14年も前に死んでいるんだから。」
「え?あっそうか!」
「だから言ったじゃん。あれはオバケだって。奥さんのオバケだったんだよ。だって、この女優帽、オバケも被ってたんだから。」と友梨奈は帽子を私の頭にかぶせた。
「無理〜!」
この世には解決されない不思議なこともある。
オバケはお友達。もしかしたら、本当にその世界線はあるのかもしれない。
私は絶対に嫌だけど。