my spring #016 (てちりさ)
友梨奈は、重たい口を開いた。
「・・・読んでない。確かに見たけど、読んでない。」
見たけれど、読んでない。
友梨奈は強情で偏屈。そんなプライドへし折ってやりたい。
「それで・・・。なんて書いたの?」
「気になる?」
「少しは、、、」
「塾の前にお腹が空いてたらさ。」
「なに?」
「ご飯作ってあげる。食べたい食べ物ある?」
「いきなり何?・・・うーん。オムライスとか。」
「みたいな内容の手紙。」
「あっずるい!」
ようやく、私の方を向いてくれた。
元気そうな顔を見ることができて、ほっと胸を撫で下ろした。私は絵本から抜いてきた手紙をポケットから取り出し、友梨奈に渡す。
「はい。じゃあ家帰ったら読んで。」
しかし、友梨奈は躊躇なく手紙を開き、私の書いた文を読みはじめる。
「友梨奈・・・へ」
「ちょっと。」
そして、ようやく私は彼女が抱えていたものを知ることになる。
「友梨奈と、あい、あうた。会ったの。のは。このず。ず。ん、としょかん?としょかんだっ。だつたね。」
「なに?どうしたの?」
「あの日、は、ぜんすべてにんー。っとし、ていて、歩むこ、とをなんとかして、いた、」
決して難しい文ではないはず。ところが、友梨奈は句読点を無視して、たどたどしく文章を読み上げる。読めない感じもあるようだ。
1文字ずつ丁寧に。
「も、もう、いち、いちどあえ、たら・・・」
昔、天才と呼ばれる人たちがどういう生い立ちを過ごしてきたから。どのようにして作品にたどり着いたか、それが気になって伝記物を夢中で読みあさったことがある。
確か、その中に・・・。
ディスレクシア。
そんな名前。
ダヴィンチや、スピルバーグがそうだった。学習能力ではない、文字情報を理解できない症状。
友梨奈は文字が読めなかった。
これで彼女と出会って不可解だったことは、合点が合う。
今までメールやラインはやろうとしなかったのではなく、できなかったのだ。
そんな友梨奈に私は「スタンプばっかり。」なんて、酷いことを言った。「返信が遅いから」なんて。
最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。
それなのに、今。
私の手紙を彼女は一生懸命声を出して読もうとしてくれている。
「た、たべた。・・・い。・・・ものが。・・・理佐?」
私は自分の情けなさと、友梨奈の優しさに思わず、泣いてしまった。
「理佐、せっかく書いてくれたのに・・・。ごめん。」
謝ることなんて何もないのに。
「読むから、最後まで読むから泣かないで・・・。あい、あいた、い・・・。ん・・・。うう。」
手紙の中盤で、どもってしまい、その先が読めない。
「うう。えーと、待ってね。」
「もういい・・・。もういいよ。」
「あっ」
私は手紙を取り上げ、くちゃくちゃに丸めてポケットに押し込んだ。
「友梨奈。読まなくていい。ごめんね。嫌な思いさせたね。」
私から離れたかった理由がこんなことなら、早く教えて欲しかった。失うには値しないほど、大したことではないではないか。
それから、申し訳なさそうに背中を丸める友梨奈を、前から抱きしめてあげた。その体は私に怯えているように震えていた。
私が思っているより、ずっと高い壁がある。さあ、これからどうしようか。せっかくヒントが与えられたのに、私はこれっぽっちも彼女を理解できていないみたいだ。
大丈夫だから・・・。
そんな気持ちで、友梨奈の震える背中を撫でてあげる。彼女にとって私は敵か味方か。
「友梨奈。今までごめんね。手紙で言えるようなことは、決して重要なことではないよ。一生懸命読んでくれてありがとう。お家帰ろ。オムライス作ってあげるから。」
「・・・・。」
友梨奈はブランコの鉄を握ったまま、なかなか動こうとしない。まるで鉄格子の檻の中いるように、、、。私は、その扉の鍵を必死に探している。
「でも私が見つけてくれること、待ってたんでじゃないの?だって今日、塾ない日じゃん。なんで、ここにいるのかなあ。」
「・・・別に。理由なんてない。」
人は人と触れあって、人との付き合い方を覚える。そうして、手に入れてきた何本もの心の鍵を、私は腰におろしているけれど、彼女に合うものが見つからない。
「友梨奈。私は、会いたかったよ。これから、どうしたいか。いっぱい話そうよ。」
友梨奈は顔を上げて、私をじっと見つめる。
彼女の目を見てようやくわかった。
きっと、もう前から檻の扉は開いている。彼女に必要なのは、鍵なんかじゃない。
私は、カバンを濡れている地面に下ろし、彼女に向かって手を広げた。身包みを剥いで丸腰になり、私は常に味方であることを示そう。
「友梨奈、おいで。」
ついに観念したのか、「ずる〜い」と呟きながら学生鞄に手をかける。こちらへ歩いてくるのを確認し、私は家へと足を早めた。
友梨奈が私に追いついて、手を握る。
驚いて振り返ると、嬉しそうに繋いだ手を見つめているので、私は動揺を隠すように手を握り返してあげた。
「あ。ねえ理佐、見て。」
彼女は空いている方の腕を垂直に上げて、天に指を刺す。その先にあったのは、、、。
「嘘・・・」
雲がすっかり晴れて、星空が広がっていた。
「理佐、今日は星が綺麗だね。」
都会は星が見えないなんて、ホラ吹きの顔は忘れたけれど。都会の星も綺麗だと教えてくれた、君の笑顔を私は忘れることはないだろう。