my spring #018(てちりさ)
「友梨奈は、ベッドで寝ていいからね。」
私は、ソファーで寝るために寝室の押し入れに入っている布団を取り出す。高い段にしまってしまったため、椅子に乗って奥から引っ張り出す。
「友梨奈、ごめん手伝って。」
布団を下ろして、友梨奈に受け取ってもらう。
「これ、誰の?」
「私が使う。持ってって。」
「わかった。」と言って、彼女はベッドの上にポンっと置いた。
「え?」
「違った?」
「いや、何でもない。」
不安そうに、私を見るので「違う」なんて否定できなかった。まあ友梨奈が一緒に寝るの、嫌じゃなければいいか。
私もお風呂に入って、友梨奈が寝ているベッドにそっと入る。2人で寝てるはずなのにずいぶん、ゆとりがある。
「ねえ、友梨奈起きてる?そんな端っこで寝てたら、落っこちちゃうよ。もっと、こっちに来なよ。」
背中を向けたまま動かない。
「寝ちゃったか。」
間接照明を消そうと、スイッチに手をかけた、その時だった。ベッドの端っこから、ヒクヒクと鼻をすする音が聞こえる。
友梨奈は、泣いていた。
どうして泣いているか具体的にはわからないけど、きっと悲しい涙ではない気がする。私は彼女の背中に手をかけて、まるで赤ちゃんをあやすようにポンポンっと優しく叩いてあげる。
がんばったね。偉いね。
抑えていた声も、次第に大きくなる。
友梨奈はきっと、いろんなことを我慢して、いろんなことを諦めて、いろんなことを遠慮しながら生きてきた。だから、私には存分に甘えて欲しい。
泣き止むまではただただ、背中をさすってあげる。どのくらい泣き続けただろうか。枯れるくらい泣いたかな。ようやく落ち着いてきた。
「明日は、携帯ケースを買いに行こうか。」
「うん。」
「ふとん、涙と鼻水でベチョベチョになっちゃった?」
「うん。」
「ふふ。そのお布団、明日洗うから、それで顔拭いていいからね。」
「うん。・・・理佐。ありがとう。」
「私ね。友梨奈の取り扱い説明書を作るとしたら、この世で1番ページ数を書ける気がする。両親を除いてだけど。」
「・・・ううん。お母さんと、お父さんより、理佐の方が私のことわかってる。」
そうして、友梨奈は私の方に体を向き直した。
猫っ毛の髪が纏わりついている。その隙間から見える彼女の瞳が切ない。
「理佐。もっと、私のこと知りたい?」
「全部知りたいよ。」
「長くなるよ・・・。」
私は、友梨奈の声が好きだ。
高くもなく、低くもなく、1番耳に優しく響く声・・・。
ところが、その声から生み出されるのは、優しさなんて微塵もない、残酷な真実だった。
「私、かるた。小学校1年生の時。それが、1枚もとれなかった。読み手もできないから、こんなつまらない遊びはないと思ってた。
でも、それが障害だなんて、その時は思いもしなかった。
だけど、国語の教科書の音読ができなくて、先生がお父さんとお母さんを呼び出して伝えたの。もしかしたら、友梨奈さんは文字の読み書きが苦手かもしれないって。
それからお父さんは、一生懸命ひらがなを教えてくれた。母音ごとに、毎日ノートに書かされて、書けるようになるまで眠らせてくれなかった。何ページも黒く塗りつぶすようにひらがなを書いて覚えた。でもね、ようやく書けるようになっても、次の日には何にも覚えられてなかった。不思議でしょ?
お父さん、馬鹿は嫌いだっていつも怒鳴ってた。」
微笑みながら、友梨奈は淡々と話すけれど、私はこの話に耐えられるだろうか。いや、耐えなければならない。
こうして、長い夜が始まった。