my spring #019(てちりさ)



「ねえ、友梨奈。これは私が聞いてもいい話?」


「理佐には、もう何も隠したくない。」


「わかった。」



過去は過ぎたことだから平気と、友梨奈は言うけれど、今も彼女を苦しめているのは紛れもなく、過去なんだと私はその矛盾に気付いている。



「お父さん、だんだんおかしくなっていった。世間に私の馬鹿を晒すのが恥ずかしいって、学校に行かせるのを嫌がった。

次第にお仕事を休むようになって浴びるほどのお酒を飲むようになった。家の中で暴れながら「文字が読めないじゃ、どうにもならない。俺の子供が、それじゃあダメなんだ。」って、繰り返し怒鳴ってた。朝から夜まで常にお家のカーテンは閉められてて、家族みんなで引きこもり。それで、ついにお母さんが別れを切り出したの。


お母さんは「お父さんには、お父さんが歩まなければいけない道があるから」って言ってた。私には「ちょっとの波はあるかもしれないけど文字が読めなくても、友梨奈はみんなと同じように生きていける。お母さんが立派にする。友梨奈はお母さんの自慢の娘だから」って言ってくれた。


それから、小学校にまた行けるようになったんだ。私ね、文字が読めない代わりに耳が良いみたい。教科書は、授業の前の日にお母さんが音読してくれて、それを一言一句覚えていった。」





そういえば、同じ症状で海外の俳優が台本は母かマネージャーに読んでもらって覚えるって言ってた。ほぼ1度で覚えてしまうとも。




「そうなんだ。お母さんも、友梨奈も偉いね。」


「うん。だけど、お父さんが家を出てから2年後。私が小学校3年生にあがってすぐだった。桜が満開だったから覚えてる。

午前中しか授業がなくて、お母さんが裏庭の桜でお花見をするって言うから、急いでお家に帰った。ただいまって玄関で大きい声を出せば、いつもおかえりってお母さんが出迎えてくれていたのに、その日は違った。

帰宅して、1時後くらいかな。桜のお布団の上、お庭で倒れてるお母さんを見つけたの。

私、隣の家に助けを求めた。おばちゃんが救急車を呼んでくれて、それでお母さんは病院に運ばれた。

お医者さんが、くも膜下出血で倒れたって教えてくれた。もともと胃に癌があって、それが脳に転移じゃったんだって。癌だったなんて知らなかった。それから、一度も目を開けてくれることはなく、最後の言葉も残さずにお母さんは行っちゃった。

病院に駆けつけてくれた、おばあちゃんと叔父さんが、私を抱きしめてくれて「偉かったね。」っていうんだけど。偉いって何が偉いんだろう。やっぱ色々考えちゃうよね。私のせいで早死にしたんじゃないかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになったよ。」




お母さんは2年間、女手一つで友梨奈を育てた。それも、病気と闘いながら。自分の障害のせいで、治療が遅れたとしたら、、、。もしも、私が友梨奈の立場だったら、私も自分で自分を責めただろう。




「棺の中に入れるものを頼まれたから、お家に帰って探したの。伽藍堂のお部屋が虚しかった。

「あ、1人になった」って、そこではじめて気づいたかな。お花見できなかったから、棺に桜の花を入れようと、お母さんが倒れていた裏庭に出たの。それで気づいた。

ちゃんとお花見の準備してくれてたって。ビニールシートの上に、手作りのおにぎりとゼリーがあった。散った桜がついていたけど、お母さんの最後の料理だと思ったら、迷わずに口に入れてた。おにぎり、硬くなってたけどおいしかったよ。


すごいでしょ。厄介な能力で、今でも目を瞑ると映画のように再生できる。


だから私、小学校3年生からは、おばあちゃんと親戚と暮らしてた。でも、やっぱり、どこにいても私がいる限り、傷つく誰かがいるんだよね。だから、誰とも関わらずに生きていたくて、上京した。」



誰とも関わらずに生きていたい。

根本の部分がズタボロにやられて、誰とも接触しないことが楽だと気づいてしまった。欲は捨てて、ただ彷徨うように歩いている。



5日間の約束の理由も、それ?」


「うん。」


「寂しいね。」


「寂しい・・・。寂しいなんて、思うことなかったよ。・・・なかったのに。」



何か言いかけて口を塞いでしまった。

一呼吸おいても、まだ口をモゴモゴさせている。


「その。」


「うん。」


「理佐に会えないのが、寂しかった。だからね。」


「うん。」


「やめた・・・。5日間の約束はやめた。私、理佐が好き。だから理佐に会いたい。明日も明後日も、会いにきてもいい?」



やっと、言ってくれた。

会いたい。

ずっと聞きたかった言葉。



「当たり前じゃん。私、友梨奈に会えないの、ずっと辛かったんだから。もう、連絡取れないとかやめてよね。」



もう1度、こうして向き合えるのが嬉しい。

私は、布団に埋れている友梨奈の手を出して、目の前でギュッと握り締めてあげた。

もう1人になんてしない。



「理佐。ベッドの前にさ、私の絵あるじゃん?あの絵に、お花がいっぱい増えてて嬉しかった。あれは、もう完成したの?」



「うーん。完成してないんだけど、完成しないままでもいいかなって思ってる。」



「どうして?」



「ありのままの自分を描いて欲しい。私がここにいた記憶を残したいって言ったじゃん、だからかな。」





絵の中で友梨奈だけがボケている。





今の友梨奈はきっとまたまだ未完成で、これから余白だらけのページに物語を埋めていく。だから、これも未完成が完成なのかなって思った。私は、そのページに絵を添えたい。



「友梨奈、手離しちゃダメだからね。」


「うん。」


「おやすみ。」


「うん。おやすみ。」




傷ついた2人が寄り添いあって、ようやく前を向いて歩き出す、そんな春の物語。